第34話 断罪 その2
異様なパーティ会場となった。
何しろ、侍従のアダムス以下、20人近い者たちが身体を氷漬けにされ、動けなくなってオブジェと化している。だというのに、追加で20人、こちらは寝転んでいる者もいるが、等しく氷漬けになっていて、最後に来た一人は物々しいほど氷漬けになっている。
「ばかな…」
アントーニオがぼそりと呟いた。
「うそだろう?」
最後に転移させられた男がそう言いながら逃れるために渾身の力を込めて自分の魔法を展開しようとした。
「あ、しない方が良いよ。もれなく薬草園の工事エネルギーに転送されちゃうから」
椎名はそう教えてやった。
「貴方達でしょ、薬草園をぶっ壊したの。魔力で壊したんだから魔力で直しなさいよね、ってことで、日常生活からあらゆることから、魔力を使ったらその6倍の魔力を薬草園の修復にかけるように魔力を転送させておいたのよ」
馬鹿王妃キャラクターの椎名発動でキャイキャイとしたノリで椎名はそう言った。
「恐れながら王妃様、それは法に則った刑罰ではありません」
のうのうと、アントーニオは椎名をいさめた。
「そうなのよ、わたしもそれが気になったんだけどね、何しろまだ魔術は習ったばっかりでマーキングの魔術と、物体移動の魔術しか使えなかったころにいきなり樹海にぽいっと飛ばされちゃったからさぁ、腹が立ってとっさにこれくらいしか思いつかなかったのよ、ごめんねぇ」
椎名の告白に会場がざわりとざわめいた。
薬草園で何か爆発のようなものがあったことは知られている。「何かの襲撃」らしいという話もだ。
それが「何だったのか」ということが本人の口から語られ、だからこういうことになったのだという、見てわかる説明である。
「王妃の言うとおりだ。先日、王妃が薬草園で襲撃された。集団で魔力を合わせて王妃一人を樹海の真ん中に転移させるという方法でな。魔法を習い始めたばかりで、使えるバリエーションもそんなに多くはないので、犯人逮捕のために知っている魔法を総動員したという意味ではこれは仕方ないと思う。本人に刑罰の意識はないだろうしな。魔界に来てからお妃教育で学習させてはいるが、人間の習慣や法律とは違う。これらは私からも注意しておこう」
ルーチェスクは明らかに椎名に非があるようにそう言い、ちろっと頭を下げたように見えた。
「でもさぁ」
椎名は目の前の40数人の集団に目をやった。
「不意打ちしておいて自分たちは堂々と法律を解くなんて失礼しちゃうじゃない?」
「不特定多数の人間に、マーキング魔法を飛ばす方が悪いんです」
アントーニオはそう切り返した。
「貴方じゃないんだから故意に飛ばすわけないじゃない?こっちは証拠と一緒に提出しているから、調べたらすぐにわかるんですからね」
その言葉に、集団に動揺が走った。
「嘘だろう?集団でやれば個別に認識はできないと言ったのはアンタだろう?」
「ぶつけられた魔力は全部魔石にして証拠品として提出したわよ」
椎名は解説するようにそう言った。
「全部分解するの大変だったんだから褒めてよね。しかも、彼の魔力もあったからね」
ルーチェスクに要求するようにへへん、と自慢してみる。もちろん馬鹿王妃のキャラクターを出すためのパフォーマンスだ。
ルーチェスクはくすくす笑って椎名の隣に立った。
それでいきり立ったのは、アントーニオだった。
「いやしかし、いくらなんでもそれはおかしいでしょう? 不意打ちだったとはいえ、これだけの魔力をぶつけられて樹海に飛ばされたというのは、魔力量がかなりないと成立しない話です。周囲に魔力無効の防御魔法陣があるとはいえ、まずそれを突破しなければならない。魔法陣を無効にするにはそれだけの魔力量が必要になります」
「だからぁ、その場で私に向けられた魔力をまるっと保存しておいたわけよ」
「ですから、どこまで保存できたかが問題です。彼らの魔力を総じても樹海までには届かないでしょうし、第一、魔界に来ていくらも経っていない王妃の魔力制御などあてにはなりません」
きっぱりとアントーニオはそう言った。
そう言ってから気が付いた。
この場の空気が凍り付いている。
少なくとも、アダムズ侍従の拘束に始まり、この場にいる20人余りの「襲撃者」の拘束をし、追加でここに転移させた「襲撃者」と、誰もが知っていると言える、「賞金首の魔術師」のブルージェス・ブルーを完璧なまでに拘束しているのは椎名の魔法である。
拘束魔法はかなり高度な魔法であることは知られている。
つまり、身体のサイズに合わせ拘束を展開せねばならず、しかも、各々の魔力が違うのでその魔力をも拘束する魔法を展開しなければならない。
ブルージェス・ブルーは何とか拘束を逃れようと、魔法ではなく「自力」で動いてはいるが拘束が緩むことはない。
それを目の前にしてのこの暴言である。犯罪に加担していないと言い逃れても、この時代では立派な「王族への侮辱罪」が成立し、即死罪に当たるものだ。現代に置き換えれば地雷を踏んだ状態、処刑台に乗ってスイッチが押されるのを待っている状態である。
「では聞くが、あの日、あ力無効の魔法陣を張っていたことを何故お前が知っている? この情報はハウエルすら知らないことだぞ? それから、ここにいる氷漬けになっている連中の拘束はすべて王妃様のものぞ?それでも王妃様の魔力制御に問題があるというのか?」
アーノルドの静かな声が響いた。
魔王夫妻の「忠実なる番犬」であるキレンスキー将軍としての言葉だった。
「王妃様、許可を頂きたく」
アーノルドの頭から一瞬にして角がニョキっと生えた。「ブラッディ・ブラウン」変身の一歩である。
「公衆の面前で王妃である私を侮辱したんだものね。相応の罰は受けていただきましょう。ただし、今回の騒動の取り調べが終わるまでは拘束して牢につないでおきなさい。その先は、貴方の好きになさいな」
「王妃様は寛容ですな」
呆れたようにアーノルドがため息をついた。こんな奴はすぐに殺してしまえと言外に言っているような態度だ。
「パーティ会場じゃなかったらギッタギタのブッチブチにしていたわよ。でもこれ以上この場を壊すのは、今日デビューのデビュタントたちが可愛そうでしょうに」
「そうですな。犯人一味がこうして拘束されていますからな」
アーノルドの合図で、各扉から魔王軍の軍人が入ってきて、各々に魔力無効になる首輪をかけられる。首輪をかけられたところで氷が一瞬のうちに融け、しかし床にはその痕跡は残らなかった。
「貴方がアントーニオの異母兄だとは、魔力を比較するまでわからなかったわ。すごく上手に隠していたけど」
ブルージェス・ブルーが苦々しい顔になり、アントーニオが驚きの表情を浮かべた。
「まいったな」
「でもそこまでして私に憎しみを向けるのはなぜ?動機がわからないわ」
「大したお嬢さんだ」
それっきり、何も話さないまま、ブル―ジェス・ブルーもアントーニオも拘束され、牢に連れていかれた。最後に「武装」を解いたアーノルドが魔王夫妻に深々と一礼し、彼らを監督するために会場を後にした。
「さて。仕切り直しはできるかな、侍従長」
「もちろんでございます」
侍従長の後ろには軍服姿のチャーリーがアーノルドの代わりに待機していた。
代わりのゴブレットにワインが注がれたのを見届けて、ルーチェスクはそれを手に取った。
「実りある社交となるように、そして今日デビューする者たちに今後も光あるように、乾杯」
毎回、シーズンの始まりを告げるセリフを言い、ゴブレットをかかげ宣言すると、同時にルーチェスクは癒しの魔法を全体にかけた。
ふんわりとした空気が漂い、今までの空気がはっきりと変わった。
魔界の、社交シーズンの幕開けであった。
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