第33話 断罪 その1
彼らの視線の先にいるのは、普段は王城内の「修復師」として様々なものを修理しているのだが、今日は実家の男爵家の当主として参加しているアーシャ・ハウエルその男である。
一斉に視線を受けたハウエルは思わずフリーズしてしまう。
「いや、何かの間違いだ。私は関係ない」
「そうは思わないが」
アーノルドの一言で、ウォーリーがつかつかとハウエルに歩み寄る。逃げようとしたハウエルを、アーノルドの部下のルイとアンリが拘束する。
そっとハウエルに触れたウォーリーはただ一言、こういった。
「おまえのそのくちでしんじつをはなせ」
それが、調査官としての「呪文」なのだと誰もが知っている。
誰もが知っている呪文だが、誰もが使える呪文ではない。
他の魔術の厳しい訓練を積み、心と体の鍛錬をしなければその術の効果はないし、行使するには直属の上司の許可がなければ行使することはできない。
直接の上司であるアーノルドに誰何することなくその術を使ったということは、魔王直属の「調査官」なのだということを想像させる。
ハウエルの身体が、ピキンと一瞬跳ね上がって、それから深い息を吐いた。
「王城内で情報を集めて報告するのが俺の仕事だ。それから、ちょっとした頼まれごとをするだけだ」
「指示を与えるのは誰だ?」
ウォーリーが鋭く尋ねる。
「トニーの部下だという男だ。名前はジェス、いつもフードを目深にかぶってて、顔は見たことないが見事な琥珀色の目をした男だ」
「トニーって、誰だ?」
「アントーニオ・デ・ルクソール、デ・ルクソール商会のアントーニオ・デ・ルクソールだ。一度だけその三人で会った。以後はどちらかと会うが、ジェスとやり取りする方が多かった」
出席しているその男に皆が注目した。
「は?」
その男、商家の三男坊でありながら、魔王候補と呼ばれた男はいやいやいや、違う、と大げさに頭を振った。
「心外だよ。確かに、仕事の一環で会ったことはあるが、話が違う」
「ハウエル、二人には、どんな情報を流したんだ?何を頼まれた?」
「魔王様と藤間の花嫁様が仲が良いとか、お妃教育の進捗状況が上々だとか、そう言った話です。あとは、私の仕事の内容です。修理をしていると言ったら、どんなものを修理しているのかとか。詳しくは教えていません。例えば、と聞かれて、置時計みたいな細かい修理をするときもあるし、お城の調理場の煙突を修理することもあると」
「ジェスという男にもその話をした?」
「王城の僕の仕事に関してはざっくりとした話しかしていないし。ジェスは逆に、みんながどんな仕事をしているのかを知りたがっていたのでその話をしました。だから、特別な食器をふきあげるのに丁度良いクロスとかくれたので、てっきりトニーからだと思って、アダムス侍従に渡したんだけど」
その言い分は違う、とアダムスが首を振った。
妹を盾にして、この毒薬入りクロスで拭け、殺せと命じられたと最初から主張している。失敗したら自決しろとまで追い詰められてもいる。
「どうしてアダムス侍従がセッティング係だと知ったのかな?」
「それは…どうしてかな?」
「…魔王様、ハウエルの身体の中に支配魔法が残っています。ハウエルが自覚している部分以上に記憶を引き出されたり、書き換えさせられたり、しゃべった情報以上のことを収拾させられた可能性があります。アダムスの主張と矛盾が生じていることから、それは明らかです」
「つまり、術式を行った人物はハウエルよりももっと魔力が高いと言いうことか」
「はい」
ルーチェスクの問いに明確にウォーリーは答えた。
「どうされますか?ここは社交はじまりの場、ここは遺恨を残さぬように断罪するもよし、それとも日時を改めますかな?」
ラルフがルーチェスクに問うた。
ルーチェスクは椎名の方を見た。椎名が正式に社交デビューする日である。だからこそ、貴族のほとんどや各界代表、都合のつく限りの種族代表が顔をそろえている。
「日を改めるのは、わたしは嫌よ。そりゃ、わたしは歓迎されて、全員の賛意があって魔界に迎えられたとは思っていないし、お互い理解できるだけの時間もなかったと思ってる。お互いに理解に時間がかかることは分かっているし、それでも嫌だと拒否反応している人たちだっていると思うんだよね。でも、それでも、理性でもって不承不承まぁ仕方がない、害することはしないという魔族の人達とはお互い妥協しながらでもやっていけると思うのよ。お互いに理性があるからそれが成立する。でもその理性ぶっ飛ばして実行に移しちゃった人達とは妥協できないでしょう? 彼らはとにかくわたしを殺したいわけだし、あわよくば魔王様までないがしろにしたいわけだし。そんな中途半端な状態で社交をスタートするの?今からデビューする人たちに、社交はこれほどどす黒いところなのよって教えるの?」
椎名は「馬鹿な花嫁」よろしく、にっこり笑ってルーチェスクにそう言った。
直ちに、アーノルドとラルフの差配で大広間の中央が開けられ、拘束されている面々は中央に寄せられた。アントーニオは拘束されなかったが、アーノルドはルーチェスクを守れる位置としてテーブルの前方に出てきた。
それを受けて、侍従や給仕にふんしたアーノルドの部下たちと、そもそも魔王と王妃を守るために配置されている「特殊訓練を受けた」侍従や女官たちがテーブルの回りと、来客者たちを守る配置につく。
「ものものしいな」
アントーニオが一人ごちた。
「本当に、ここに連れてこられるおつもりか?」
アーノルドは部下たちと顔を見合わせ、準備ができたかどうかを問う。部下たちは一斉に視線を交わし、大丈夫だと視線で応える。同じことが侍従長と各侍従たちの間で視線での会話が交わされ、ルーチェスクはゴーサインを出した。
椎名がルーチェスクと視線を交わし、あの日、「タグ付け」したメンバーを一斉に大広間に転移させた。
ただでさえ、十数人の拘束者がいるというのに、いきなり降ってわいたように現れたのは8人のぐったりと疲れた魔術師と、12人の半死半生状態の使用人や初級魔術師だった。
「あと一人いるからちょっと待ってね」
時間差で落ちてきた男は、この場にふさわしくないほどの汚いマントに身を包んだ若い男だった。
「まさか」
声を上げたのはアントーニオだった。
そのまさかが現実に起きていた。
「彼はジェス、正式にはブルージェス・ブルーという名前の魔術師ね」
椎名はそう説明したのだった。
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