第31話 反撃開始
翌朝
王城に隣接する練兵場では、朝早くから熱気にあふれていた。
ルーチェスクやセルジュ、アーノルドも顔を出して稽古をつけているが。しかし椎名はそこにいなかった。だが、近衛隊や魔王軍の有志も、王城勤務の面々の中で剣を嗜む有志達が参加して、あちこちで手合わせが行われている。当然のように、上級者は下級者に手ほどきしているし、それは魔王とて例外ではない。
アンジェが驚いたのは、彼らが当たり前のように椎名が剣を使えると口をそろえたことだった。
人間界では片刃の剣を使う武道のたしなみがあるとかで、サーベル剣の扱いには慣れていないと言いながらもセルジュの手ほどきでいくらか経験があるらしい。
だが、今日は顔を見せなかったことで多少なりとも王妃が来ないという事実を少しだけ疑問に思うメンバーたちがいた。
「薬草園で襲撃があったって…」
「まさか。それが影響するなら、今夜から三日間の公式行事に変更があるはずだわ」
「それは確かにそうだけど」
そんな声も聞こえる。
「椎名様って、意外に好かれているのね」
「そういうお人じゃ」
いつのまにそこにいたのか、おばばがふぉっふぉっと笑った。
「わなは張り終えた。お前さんにはちと面倒だがの、付き合っておくれ」
「おばば様?」
「花嫁様がいつまでも狙われるのは敵わんのでな、ちょっと一計を策した。知っておるのはセルジュとアーノルドとわたし。お嬢が協力してくれるというのならこの作戦を発動するが、協力しないなら発動はしない」
「ルーチェスクと椎名様には?」
「最後に承認をもらうが、その前にお嬢の気持ちを聞きたい」
「わたしは、椎名様を守りたいと思っています」
「奴らを追い詰めるために、偽情報を流そうかと思うておる。アーノルドとお前さんの、交際情報じゃよ」
「え?」
「アーノルドは側近候補として、お前さんは魔王候補として共に王宮で育った。別に不思議な話じゃぁあるまい。ただし、流すのは一般社会でのみじゃ。貴族社会で流しては、本当に結婚しなくてはいけなくなるでの」
「トニーを、追い詰めるのですか?」
「お前さんが関係ないことを連中に知らしめる必要がある。だから一晩だけの滞在を申し付けたのじゃ。それだけでも効果があるとは思うが、まぁ、偽情報はダメ押しじゃの」
「おばば様、私はちょっと理解できないのですが」
「ルーチェスクは最初からお前さんをブレーンとして迎えるつもりじゃったんじゃよ。ゆくゆくは宰相候補としてな。それはあきらめておらん」
「はい?」
「それをあっさり市井に下ってしまっての、それでお前さんが幸せならこの話は外に出すつもりはないと言った。この話を知っておるのはアーノルドを含めてごくわずかなはずじゃが、どこがどうなったのか馬鹿男の耳に入ったらしい。だったら、馬鹿男はお前さんをルーチェスクに近づかせない方法を取るしかあるまい。見合い話を持ち掛けて話がまとまりそうになると相手から断らせる、なんてことが2回も3回も続いてみろ、ルーチェスクもアーノルドもおかしすぎるとアンテナを立ておったわ」
突然、王宮に呼ばれて一泊した、しかも魔王のプライベートエリアで、秘密裏に正餐となると、側近になるとか、宰相候補の話は再び持ち上がるだろう。現に持ち上がっているが。
「ルーチェスクもアーノルドも、お前さんの幸せを願っている。どこで暮らそうが、どんなポジションにいようが、幼馴染として当たり前の感情だと思っているが、馬鹿男はそうは思わないようでの。三人がスクラムを組むと、自分が政権を取ることもできなければ、逆に取りに行くこともできないと危機感を持っている。まぁ、今の状況でだって成功してはおらんのだ。あいつが政権を取ることはないだろうがの」
「シーナ様は…王妃様は、もし私がルーチェスクの側近につくと言ったら、疎まれるんじゃないでしょうか?」
「気にするような王妃じゃない。気になるなら直接聞けばよいではないか」
「はい?」
「それだけの信頼を、お前さんに預けている。心配はいらない。お喋りスズメのくだらん情報まで知っておったわ」
「くだらない情報、ですか?」
「ルーチェスクとお前さんがツガイになって、子供をもうければよい。藤間の花嫁はツガイでなくても良いのだから、正妃の位置に飾るだけ飾っておいて、ツガイになればよい。ツガイは魔狼の習性だから、藤間の花嫁には失礼には当たらない。そうすればツガイとの間にしか子供は生まれないから人間の血は入らない」
「え?そんなこと吹き込んだ馬鹿がいたんですか?」
「バカはどこにでもおる」
おばばはふぉっふぉッと笑った。
「ところで、アンジェ」
「はい」
「今日夜の公式パーティには来るのか?」
「お披露目パーティですか?」
「ちょっとした出し物がある。まぁ、楽しめること間違いなし、かもな。そこで覚悟を耳にするのも面白い」
「おばば様?」
「そういうことじゃよ」
朝食後、アンジェは王宮を辞し、アーノルドと一緒に王都のギルドに行って今回の依頼の精算を済ませた。状態保存魔法がかけられたアンジェが納めた薬草はギルドの手で検分され、直ちに依頼者に届けるのだとアーノルドに説明し、アンジェはその場で受付の係の手で依頼料を受け取った。
「アンジェさん」
受付の獣人男が手続しながら声をひそめた。
「何?」
「一緒にいる男、大丈夫なの?見かけない顔だけど。付きまとわれているとか、困ったことになってない?」
「まぁ、口説いている最中だが、付きまとってはいない。幼馴染なんだ」
「へ?」
受付の男にアーノルドはそう説明する。おそらく、周囲にいる冒険者たちに聞かせる目的で。
「仕事についてから、ずっと会えなかったんだが、昨日、仕事帰りのコイツと久しぶりに同道して王都に戻ってきた。実家に顔出しついでにアンジェを送ってきたところ」
「だから心配いらないわよ、ありがとうね、ジョニー」
「じゃぁ、アンジェ姉さんよりも強いんだ」
「まさか。アンジェはAクラスハンターだろうが、俺はCクラスだぜ」
「ごめん、去年Sクラスになったわ」
「すごいな、お前」
「というか、何でCクラス?」
「本業が忙しくて昇級手続していないだけだ。まぁ、偏った資格要件になるから多分、昇級はできない」
「それもそうね」
「じゃぁ俺は実家に顔を出してくる。お前も気をつけろよ」
「あなたもね」
「じゃぁ、いつか返事を聞かせてくれ」
「本気なの?」
「本気だよ。じゃぁ、またな」
護衛は終了、とばかりにアーノルドはギルドを出て行った。
「アンジェさん、あの人に何を言われたんですか?」
「いや、結婚してくれって。返事はいつでも良いって」
その言葉に、ギルドにいた全員がガタリと音を立てて立ち上がった。
「え?なに?」
「それって、プロポーズじゃないですか」
「そうだよ。付き合い長すぎて実感がないから困ってるんじゃないの。しかもあの通り飛び切り良い男でしょ?」
「あのー、あのー、間違っていたらすみません。キレンスキー将軍、ですよね?」
「え!俺、すっごいこと言っちゃった」
「お前気が付かなかったの?」
「いや、そこじゃない。アンジェさん、本気モードってことは?」
「うるさい。帰るわ」
アンジェはそう言って「仕事」を終えると、出て行った。
ギルドでの一件は、その日のうちにあちこちでうわさされる話となった。
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