第30話 アーノルドとアンジェリカ
椎名が帰還して数時間後、夕食時には、非公式といういことでアーノルドは久しぶりにアンジェリカと一緒に正餐を、と彼女を迎えに来ていた。正餐と言っても砕けた雰囲気で良いと事前に言ってあるし、同席するのは友人たちだとまで言っておいた。
「まさか、プライベートエリアに呼ばれるとは思わなかった」
アーノルドに案内されて、王城の奥、ルーチェスクと椎名のプライベートエリアの食堂に案内されたアンジェリカの第一声がそれだった。
「余計な誤解は避けたいからな。特に、宮廷のおしゃべりスズメはすぐに側室は誰だと詮索しすぎる」
ルーチェスクは座るように促し、アーノルドが椅子を引いてアンジェリカを座らせた。
ルーチェスクを中心に楕円の円卓にはアーノルドとセルジュと長老おばばのセイレーン、宰相ジョルダンと首席補佐のラルクが席についており、アンジェが知らない女性も二人、そこに座っていいた。
「ほぼ、知っている顔だろう? ああ、ノイエ・トミアとサンディ・アラートは初対面か? ノイエは王城内を統括する家令で、サンディは地方行政担当の補佐官だ。あ、公爵夫人もメンバーだが、仕事が終わらないからここには来られなかった」
「仕方ないです。大事なトコロなので」
セルジュがそう言って一礼した。つまり、ここにいるメンバーがルーチェスクを支えている参謀だということだった。
な、最高のお友達だろう?
思わせぶりな視線を送ってきたアーノルドにくすりと笑う。
アーノルドは気に入らない相手をとことんはねつける。もちろん、それは表面には出さないが、絶対に譲れないのは、「一緒に食事をしない」ということだ。それは子供のころから変わらない。つまり、それだけ信頼しているということだ。
「…その前に、私がここにいて良いの?という疑問がありますが」
「表沙汰、昔のよしみで夕食を共にしたとしか理由付けしませんが、意味なく呼んだわけではありませんよ」
セルジュは静かにそう言った。
「おじさん、それ、脅迫だから」
サンディがニコニコしながらそう切り返す。
「オジサン、はないだろう」
「じゃぁ、おじいちゃま」
「話を脱線させるな。アンジェ、幾つか質問に答えてほしいんだが」
話を元に戻したのはルーチェスクだった。
「はい」
「あの樹海にあるというロッジには、誰も尋ねてこないのか?」
「あ、はい、私だけです」
「誰かが使っていたというような形跡は? 例えば、アンジェがいない間、誰かが小屋に侵入して何か仕掛けるとか」
「ないです。魔獣の襲撃を考えて建物周辺エリアの結界と、建物そのものに結界を張っています。外からの侵入は無理です」
「だとすると、中からの侵入か」
「え?ちょっと待ってください。中からの侵入って…」
「答えてくれ。大事なことなんだ。例えば、誰かから何かもらって、それを小屋に置いていれば、その物体を媒介として小屋に転移することができる」
「待ってください。その目的は?」
「監視するためだ」
セルジュは静かにそうこぼした。
椎名を樹海の真ん中に落としたかどうかなんて確認はできない。だが、アンジェの留守中、誰かがそこにいて「椎名が落ちたか否か」を確認することはたやすい。そして「落ちたか否か」がわかれば、次にするのは「実行した作戦が完遂したか否か」である。
完遂していなければ、刺客を差し向けねばならないのだから。
結界は、外からの侵入を感知すれば反応するが、中からの動きには反応しない。例えば、中にいる人間が外に出ることは感知しないが、外から入ってくることには感知する。だが、魔界に落ちたのか否かというのは窓を開ければすぐに見える。あんな大きな火球が見えなかったって、どこのモグリの魔術師なのかよと思う。
そして、椎名が小屋から離れてすぐのタイミングで刺客が襲ってきた。
数的に、多すぎるくらいの人数である。事前に配置しておいたとして、「いつ」ということはわかりにくいはずだ。
ちょっと考えればすぐにわかる。誰かが、情報を仕入れているからだ。
「小屋にあるものは、ほとんどおじいさまから受け継いだ魔道具と私が作った魔道具で…あ、でもランプが・・・」
「ランプ?」
「アンティークランプです。気に入ったアンティークランプが修理できなくて。それで購入した商会の職人に修理を。つい最近、それが戻ってきたので小屋にはそれを。考えられるのはそれ、かな」
「で、アンジェ、その商会の名前は?」
「デ・ルクソール商会です。アントーニオ・デ・ルクソール…トニーの口利きで商会の方に」
「そうか」
アンジェの頭がぐるぐると推理してゆく。思い当たるのはとある結論だった。
魔王候補として最後まで残ったのはトニーなのだが。だが最後の最後で彼はルーチェスクにかなわなかった。
彼は今は実家の商会を切り盛りしている。
だが、ルーチェスクをよく思わない一派がトニーを担ぎだしているのもまた事実だった。
「悪いが、君の身柄は明朝、許可があるまで外出禁止だ。王城内の部屋で大人しくしていてほしい。不自由はさせない」
ルーチェスクはそう言い渡し、カトラリーを取った。
そこからは普通の食事会となり、和やかに食事を済ませお開きとなった。だが、同席したアンジェにとっては思いもよらない話がぽつぽつと出て、しかし、アンジェは忌憚なき意見を言った。誰もがうんうんと頷き、議論にもなったのだが諍かうということまでにはならなかった。
食事が終わるとラルクを先頭にアーノルドの案内で食堂を辞した。
「あ、いけない。ランディのご飯…」
「ああ、彼には魔獣係がついていますから心配いらないですよ。城内をうろうろされては、皆がびっくりしますからね」
セルジュはそう言って心配ないとそう言った。
「ランディは群れからはぐれた魔獣だと思うんだけど」
「そのようですね。魔獣係の話だと、王城では落ち着きがない様子で野生に帰した方が良いだろうという見解です。そちらは時機を見て。ランディのことは今後、こちらで世話をするのでご安心を」
セルジュはそう言い添えた。
魔王のプライベートエリアをでると、まだ仕事が残っているとそれぞれが散ってゆく。
「部屋まで送ろう、アンジェ」
アーノルドが差し出した手をアンジェリカは取った。
「もっと…儚い方かと思ったんだけど、椎名様はしなやかな方なのね」
「だから、良い風が吹くと思わないか?」
「思うわ。期待しちゃう」
「俺はそれを近くで見たいと思う。アンジェはどう思う?」
「え?わたし?」
「ルーチェスクは、椎名様のことを大変心配している。普通に考えて、いきなりこっちの都合で異世界に連れてこられたんだ、できるなら快適に暮らしてほしいと思うのは藤間の花嫁を迎えた我々としては当然の思いだ。だから、理解あるスタッフ、椎名様を支えるだけの覚悟を持ったスタッフを中心に据えている」
「それはもう…まさか私まで監視対象にされるとは思わなかった」
アンジェリカはくすくす笑っていた。
「アンジェ?」
「あなただから言うわ。ランディは、フェデリック公爵の…オオカミの一族の誰かか眷属、でしょう? 危うく騙されるところだった。変身能力があるのに、そのままじゃなくて魔獣に擬態しているから樹海に住む新種の魔獣の子供かと思ったんだけど…」
「いつ、気が付いた?」
「おかしいと思ったのは、椎名様を保護した後すぐに貴方達が現れたことと、事態がこんなに緊迫しているのに、わたしに対して王城に宿泊して良い、一晩だけの制限だ、なんて悠長なことをはっきり言ったから。しかもブレーンの面々とわたしを引き合わせた。ノイエ・トミアのことは耳にしたことがあったけれど、サンディ・アラートのことは全く知らなかった。彼女たち二人もルーチェスク様のピックアップだったということなら、手の内を明かしたことになるわ」
「それがルーチェスクの覚悟だ。君を側近にしたいという覚悟だな」
「わたしで良いのかしら?」
「でなけりゃ、俺たちは推薦しない」
大丈夫だ、というようにアーノルドは自分の手にかけられたアンジェリカの手をとんとんと叩いた。
「幼馴染だから、とか女性だから、とか、ルーチェスクはそんなことは気にしないだろう?」
「そうよね。そういったところってすごいと思う」
「良く考えてくれ。それから、ギルドに行くなら俺も行く。野暮用があるんだ」
「じゃぁ、声をかけるわ」
「あ、そうそう、明日の朝はルーチェスクが練兵場で鍛錬するぞ」
「え?週に一度の訓練続けているの?」
「近頃は椎名様も一緒だ。明日の朝の出席はどうだか知らんが、結構楽しいから参加すると面白いぞ」
「そうなの?じゃぁ行ってみるわ」
案外、椎名様と気が合うかもしれない、とアーノルドは思っていた。
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