第32話 社交パーティ

 

 その夜、王城では社交始まりの合図となるパーティが行われた。社交界に初めてデビューする者たちは後見人に連れられてこのパーティに出ることが一種の義務であり、ステータスでもある。ただし、年齢は関係ないし、職業や身分も関係ない。

 仕事上の足掛かりとなるかもしれないし、良縁への第一歩になるかもしれない重要な社交の一つで、特に主要な商売人たちはこのパーティに顔を出せるかどうかが一流の商売人か否かの分かれ道でもある。

 貴族と呼ばれる爵位持ちの者、デビューする貴族たち、その他に文化人やギルド代表として、王都のギルドマスターとSランクの冒険者たち数名が毎年招かれている。


 アンジェは、冒険者Sクラスとして参加者招待されている。そもそも、Sクラスの冒険者はギルドからの義務だとして通達を受けてはいたが、依頼を受けている最中は免除されているのでさほど気にしてはいないし、今までは依頼中で出席できなかった。だが今回は王都に戻った以上、参加義務が発生するので仕方なく参加したといったていで参加した。

 本当は、ワクワクしていたのだが。

 そういうわけで、アンジェリカはギルドマスターにエスコートされて入場した。


 既に王城の大広間には様々な顔ぶれで魔族たちがあふれている。玉座を前に、テーブルが用意されていて、そこには魔王と魔王妃、宰相、魔王軍将軍、貴族議会の議長と地方行政省の長官の席が用意されている。 

 既に、テーブルには乾杯用のグラスが用意されており、ワインクーラーに入れられたワインがテーブルに三つ、用意されていた。

 一つは魔王夫妻に、残り二つは左右に座る魔王を支える行政官たちのために。


 ただ、魔王軍将軍であるアーノルドはその席にはいない。魔王夫妻が入場してくる扉の前に立ち、露払いするために構えているからだ。


 そんな中静かに扉が開かれ、入場したのはルーチェスクと椎名である。椎名の好みなのか、ゴテゴテとした装飾はない、シンプルな装飾でありながらドレスの素地を生かすラインのフリルの装飾は、出席者の女たちを釘付けにした。

 二人が通ろうとすると、居並ぶ魔族たちは道を開け、恭順の意を示すためにある者は頭を下げ、ある者は膝をつき、ある者は直立不動の態勢を取り、職務柄敬礼をする。それはさざ波のように広がり、大広間にいた全ての魔族に広がった。


 給仕の面々と侍従たちが次々と参加者にワインを配る。テーブルでは侍従長が魔王夫妻担当で、魔王専用のゴブレットに注ごうとしたときに、その位置が魔王妃寄りに配膳されていることに気が付いた。


 左右にいる部下の侍従はためらいなくワインを注いでいる、ということは配膳の位置は正確だったわけだ、と侍従長は悟る。

 侍従長がゴブレットの位置を最後に点検したのは招待者が入場した後、ほぼ入場者が揃った頃だった。その時にはゴブレットの位置は「正常」だったのに。

 侍従長が手を止めたことにルーチェスクは気が付いた。なるほど、位置が違うのか、と気が付いてルーチェスクは位置を直そうとして違和感に気が付いた。磨かれているはずのゴブレットの色がおかしい。


 ガラスのゴブレットだが、外側は金属で装飾され、魔王妃用のゴブレットと対になっている。つるりとしたその金属には、星屑をイメージした各色の宝石が散っている。本来なら輝くばかりにシルバーの金属色を放っているはずなのに、今は少しくすんだ白金色だ。


 侍従長の手がひたりと止まった。色がおかしいのは毒物に反応したかもしれない、と推測したからだ。

 単純にくすんだだけかもしれないが、用心することにした。

「申し訳ありません、ただ今すぐにお取替えいたします」

 侍従長が小さな声でルーチェスクに謝罪し、ゴブレットを一度下げるために一度身を引き、反対側に回ってゴブレットに触れようとしたがその身体を制したのはアーノルドだった。同時に、静かに各ドアや出入り口が封鎖される。

「やめろ。ウォーリー、いるか?」

「はい」

 アーノルドの声に反応したのは、いつの間にいたのか、軍服を着たアーノルドの部下だった。


「誰だ?」

 ルーチェスクは誰何した。

「探知魔術に長けた俺の部下です。主要な物体に触れることなく、何があったか探知できます」 

「失礼します」

 アーノルドの部下は一礼して周辺のテーブルクロスやワインクーラーやワインを慎重に触った。

「おそらく、侍従の一人です。すみません、わたしは映像魔法が得意ではなくて」

 映し出されているのは鮮明だが、しかし「画像」は小さい。

「じゃ、拡大だな?」

 ルーチェスクはウォーリーに触れると、その画像は大きくなった。

「アダムス…」

 侍従長は確認するとさっと周囲に目をやった。


 既に、出席者が異変に気が付き始めている。

「逃したか?」

「いるわよ」

 椎名の答えに、テーブルの目の前にまるで猫のように給仕服を掴まれてずるずる引き出されたアダムス侍従が現れた。

 その瞬間、どこからか飛んできた魔法の空気槍がアダムス侍従を殺そうとする。

「誰よ、邪魔するのは」

 椎名の一言に、弾かれた空気槍は砕けて、逆にその槍を放った男に向かって帰ってゆく。

「うわぁぁ」

 何本もの空気槍が男の体を覆うように突き刺さり、槍の檻を形成する。そしてその足元からぴしぴしと音を立てながら凍り付いてゆく。

「侍従は自決用の毒物を持っているし、刃物も隠してある。侍従も檻の中にいるお貴族さんも『タグ』付だわ」

 ガタガタ震えながら、侍従は自決用の薬をポケットから取り出そうとしていた。だが、椎名の魔法によって身体が凍り付く。

「やめなさいよ。失敗したとわかってすぐにあなたを殺そうとするやつに義理立てするの?」

 いやいや、と頭を振ったが思い直して薬を取ろうとする。凍っているのは服を着ている部分だけだが、その様子を見た椎名はもっとがちがちに拘束を強めた。自殺防止のために口の中には筒状の自殺防止装置がつっこまれているのでしゃべることはできないが、飲食はできると思ったらしい。そんな余裕は与えてやらないが。


「そう、あなたを脅したやつがいるのね。失敗したら、その場で死なないと誰か大事な人も殺すと?」

「アダムスには足の悪い妹がいます。一人きりの妹です」

「バッカねぇ、治療を受けさせてやるからこの仕事しろって? あなたが死んだら首尾よく殺すに決まってるじゃないの」

 椎名のその言葉に、アダムスは目を見開いて絶望的な顔をした。


「魔王を殺して、お前が魔王になるのか?」

 アーノルドの問いに、アダムスは激しく首を振った。

「毒だなんて知らな勝ったのかもしれません。儀式用のゴブレットだから念入りに磨いておけ、とか言われて専用の布でも渡されたとか?不敬になるから絶対に素手で触るな、手袋3重くらいにしてから仕事しろって言われたとか」


 ウォーリーの指摘に、どうしてそれを、という疑問がアダムスの頭の中に渦巻く。ウォーリーの「探知魔術」は過去視とともに、読み取れたデータから様々な答えを的確に導き出す魔法である。魔法であるが、術者の経験や知識が浅いと当然ながら魔法の精度は低くなる。

 アーノルドが重用する彼は、部下の中ではピカイチの探知術にたけた魔術師だ。


「魔王交代のために正々堂々と勝負を挑むときは罪に問われないが、意図的に殺そうというのは当然罪に当たる。毒で魔王が死んだとしたら、お前は当然死刑だし、家族も同罪、死刑だぞ?」

 アーノルドの言葉に、アダムスは絶望のうめき声を上げた。


 魔族は一番強いものが魔王となる。そのための「果し合い」については何も言われないし、「果し合い」の結果についても罪に問われることはない。

 だが、自分が魔王になる気もないのに結果と知って魔王を殺そうとしたとなると、完遂でも未遂でも家族連座の死刑になることはあまり知られてはいない。


「だから、全部話せ」

 アーノルドが静かにそう諭したが、社交の場が、一気に凍り付いた。さすが魔王軍を率いる将軍だなぁ、と椎名は思っていたが。



 少しだけ逡巡した後、アダムス侍従は話す、と意思表示したのか、アーノルドに向かって頷いた。

 その瞬間、ざわつくその空気の中で、複数の空気槍が飛び交い、アダムス侍従と槍の檻に閉じ込められた男、事件とは関係ない誰かを攻撃する。

 が、しかし。

 その空気槍はあっさりと「術者」に的確に返される。今度は自身を拘束する檻となって。

 十数人の参加者が、身分や性別や種族を問わず、空気槍で首元を押さえる形で拘束されていた。身体の動きを封じるように床から首下まではほぼ凍り付いている。

「遠慮はいらぬ。必要なことをしゃべらないのであれば、このまま氷漬けにしてしまえ」

「あら、そんなことしたら首謀者が逃げ徳になってしまいますよ。捕まえた彼らだけに責任を負わせるつもりですか?」

 椎名のその一言に捕らえられている十数人の参加者の視線がたった一人だけの男に向く。


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