第24話 魔界で生きるということ 2


 薬草園での事件は、即刻報告がなされた。

 椎名の魔力に反応するように投げつけられたのは、椎名の魔力を使って移動できるように術式が組まれた「転移魔法」ということまでは分かった。


 おばばはそこまではわかったのだ。

 あの時、周辺警備についていた兵士や、王宮魔術師たちは瞬時に結界と防御の魔法を放った。


 しかし、すり抜けるようにまっすぐ椎名に向かったその術式は、最初から椎名に向かったもので他の者の魔力を無効にするという高度な術式が組まれていた。


「転移先はわからないのか」

「申し訳ありません、追跡無効の効力で追跡不可能と主席魔術師は判断しましたので、各方面の捜索隊に必ず索敵魔法の使い手を投入して全力で捜索に当たる手配をしております」

 そう言って頭を下げたのは、ラルフの副官でこの執務室に報告に来たウィリアムという男だった。


「やみくもに捜索隊を出しているということか?」

「いいえ。特定の場所に」

「何だ、言ってみろ」

「宰相の推理では、薬草園での攻撃魔法の発動は確実に防御されると踏んで、それよりも探知しにくい転移魔法を使ったとみるべきだと。だから転移させるなら目的は二つ、確実に殺すか、確実に身柄を拘束するかの二択、目的は状況から判断して王妃様の殺害だと思う、と。一番単純なのは高高度に垂直に転移させて、そこから高速で地面にたたきつける方法。でも術式はそこまで組み込まれていなくて、王妃様の魔力を使って自分たちの魔力の痕跡を消そうとしているのだから、そうなると転移先は確実に死をもたらす場所を選択する、だから俺なら樹海を選ぶと」


「それでラルフは樹海に派遣したのか?」

「キャラバンを組んで、複数方向からアプローチしたいと申し出があったのはそういうことか。今準備しているはずだ」

 アーノルドが納得したようにそう言った。


「もちろん、ほかの場所も捜索隊を出しています。宰相は最悪のことを考えただけで、全くの確証はないとのお考えですので」

「そうだな。で、おばば、これほど複雑な術式を組めるということは高位の魔術師の仕業なのか?」

「これは、主席魔術師と一致した意見なのじゃが、一つ一つの術式はそれぞれ別の者の術式で動いている。ただ、それをまとめるために王妃様の魔力でしか発動しない、という条件でくくられておった。それ以上はわからん。他人の攻撃魔法なら防御魔法が作動するが、王妃様の魔法なら防御魔法は発動しない、その盲点を突かれた形だ。どちらにしろ、捜索隊を出す必要があります。王妃様は魔界に不慣れで、どこに飛ばされたとしても一人でここまで帰れますまい」


「セルジュはどこにいる?あれなら主従の念話で話ができるだろう?」

「それが、東に向かう、と。途中までは追跡可能だったのに、突然消えたと言って」

「攪乱の術式も入っている。正しい方向とは言えまい」

 おばばはそう言って首を振った。


「ジャルダンは情報を集めている。薬草園と植物園にいた全員を調べているから、詳しいことはもう少し後だな」

「姫さんが薬草園に来ることを知っていた人物は?」

「ロブ?」

「薬草園も植物園も一日三回、プラス不定期に3回巡回が付く。その目をかいくぐって術式を仕掛けるのは厄介だと思うよ、俺ならな。逆に、日時がわかればやりやすいともいえる。ルーチェスク、悪いがこの情報をジャルダンのおっさんに伝えてくれ。俺は別方向を調べる」

「おい?」

「ラルフのおっさんにキャラバンを早く出せと言っておいてくれ。俺は手遅れにならないうちに先に出る」

 アーノルドは執務室を後にした。



 一方、樹海にいる椎名は、日暮れまでまず安全な場所を確保し、水と食料が必要になる、と踏んである植物を探し始めた。

 魔界では割合一般的な蔓性植物のウスバツルと呼ばれている植物だ。

 そこらへんに生えている蔓性植物で、切ればその口から水のような樹液を流す。水代わりに飲むこともできるし、ほんのりした甘みは栄養分だ。難点は素手では切れない丈夫さ。そして成長が早く、長い蔓を持つ植生であること。

 幸いにも魔剣もあるし、サバイバルナイフも持っている。加工は楽だ。

 無心で集めながら喉を潤し、その蔓を切り裂いて丈夫なひも状にすると、適当な木を切って添え木を作り、左足を固定するように応急処置をした。これだけで痛みも軽減される。

 ヨモギの効能なのか、頭の傷は痛むが、出血はにじむほどになっている。時々傷口に当てたハンカチにヨモギを足すことも忘れない。

「急がないと」

 集めた蔓をひたすらひも状にして、椎名はあるものを編み始めた。



 セルジュは薬草園から椎名が姿を消した後、本能的に四方に魔力を散らせて主である椎名の魔力を探知しようとした。

 かすかに、薬草園から薄く尾を引く形で椎名の魔力が残っているだけだ。攪乱魔法がかかってはいたが、自分なりの推理のもとに「危険な場所」を推定して追いかける。

 時間が経ってしまえば消えてしまうので時間との勝負だった。



 アーノルドは椎名が転移魔法を発動できる距離のうち、最も危険だと思う場所をピンポイントで捜索する。ラルフが考えたように、樹海に、ということもあるが、同距離には人がいない荒野がある。ただ、広大な荒野でもなく、砂漠でもないのでサバイバルできる可能性はあると考えた、魔力が削がれていても十分に戦えるはずだ。少しだけ時間的猶予はある。

 それを考えると、転移させるなら絶対に危機的に陥る場所、例えば火山の火口だとか、陸地からはるかに離れた海のど真ん中であるとか、水中に落ちたら一瞬にして心臓まひで死んでしまうほど冷たい湖の中であるとか、自力では戻ってこられないとわかるほど危険な未開の土地に転移させるかに限られる。

 王都から近い、雪山とそのふもとにある氷の湖の近くに行き、探知魔法を発動させる。

 東にもう一つ雪山があるが、セルジュが東に向かったのなら一応除外して大丈夫だろうとセルジュに念話を飛ばせば、セルジュは東の雪山はもう探査したが痕跡なしだと返事が返ってきていた。


「と、すると、あとは砂漠の荒野と樹海か。砂漠の荒野が近いが、厄介だな」

 ぶつぶつ言いながら転移魔法を展開した。




 夕闇が迫るころ、椎名は身の安全を確保する仕掛けをいくつか周辺に仕掛け、樹上に作ったロープでハンモック状のベッドを作り、不可視の結界を張ったうえで早めに休んだ。

 樹上にも危険生物はいるだろうが、地上よりは少ないかもしれない。少しは仮眠しないと魔力も体力的も回復しないからだ。

 そして理由がもう一つ。

 椎名は魔界に来てからほんの少しだが、木や大地から魔力補充を受けることができるようになっていた。ほんの些細なことで、直接触れていないとそういったことはできないのだが、木や大地を浄化するわけではないのだが、その一環で触れると魔力のやり取りができるようになっていたのだ。


 樹上で安全を確保しながら木肌に頬をくっつけると、ほんのりやさしい魔力が漂ってくる。魔力を宿した木は、寄り添うように魔力を分けてくれていた。


 夜明け前、ガサガサと普通ではない異音をとらえた椎名は魔剣に手をかけた。

 夜中、二度ほど椎名の近くに魔獣が近寄ってきたことは確認している。仕掛けた罠にはかからなかったが、罠と分かって引き上げたのか、誰かいるとわかったのか、以後は近寄っては来なかった。

 だというのに。


「うわっ、なにこれ、うわわわわっ」

 突然、女性の声が立て続けに起きた。

「グググググ」

 それから周囲を威嚇する何かの魔獣の声。

「えー、ちょっと待って。誰かいるってこと?」

 椎名が仕掛けたくくり罠に片足でぶら下がっている狩人のような女性が一人。連れているのは犬のような黒い毛並みの魔獣。

「勘弁してよね」

 片足を取られてぶらぶらしていた女性は、慣れた手つきで仕掛けの縄を切って自由を取り戻す。

「昨日突然エネルギーの塊が飛んできたから心配して来たのに。ちょっと、誰かいるの?」

 魔獣が警戒しつつ、椎名がハンモックの土台にしている木の幹をペしぺしとその肉球で叩いた。

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