第20話 馬鹿な花嫁、利口な花嫁
挑発には乗らない、と椎名はにやりと笑った。
「そんなことしたらあなたの思うつぼでしょう。第二第三の反逆が起きるだけです。キッチリ仲間をつきとめて、連座してもらわなくては。反逆者としてその場で処刑されるのがお望みでしょうが、それは貴方の都合であってこちらの都合ではない」
椎名はそう口にした。
一方でセルジュは、この場で刃を向けることがそもそもおかしいという事実から、この男のバックにいる人物を探る必要がある、と思っている。だからこそ、椎名はこの男を生かしたのだと思った。
椎名の言い分にうんうん、と静かにルーチェスクが頷いていた。
「ただ、謁見の間で反逆するなど、即刻手打ちになるのが慣例ですが…。椎名様も無茶なことをなさる。さっさと切り捨てればよかったものを、何故手加減したのですか。おかげで私まで手加減せざるを得なくなります」
セルジュは拘束しながら異議を唱えていた。
「だってぇ、大広間のお掃除が大変になるし、フリフリのドレスに血がついたら勿体ないじゃない?これ、お気に入りなのよ?」
椎名はバカっぽく、ドレスをひらひらさせながらそう答えた。
「ドレスを破るのもいや。ましてやルーチェスクの目の前で切り捨てるのもいや。手加減したのはそのためよ。ほかに何の理由があるの? 私が疑問に思ったって、魔界の法律なんて知らないし、慣例なんて知らないもの。後はお任せするわ。煮るなり焼くなり何なりと。それとも、わたしにつられて手加減するの、大変だったの? そこまで腕が鈍っちゃった?」
椎名はそう言ってセルジュに目をやった。今までは「慣例」で第二第三の反逆を食い止めることはできなかったが、今回のことで食い止めることができるかもしれない、というセルジュの考えを受けて、椎名は率先して手加減したのだ。
「変に殺すよりは生かしておいた方が良いでしょ? そのほうがドレスがよごれないもの」
とは、とんだ食わせ者だ。自分勝手な言い草に見えて、実に深い意味がある。
確かに、容姿端麗とは言えない。魔界の女の基準としたら線は細いし肉体的な「美」もない。顔は整ってはいるが、ごく普通。
おそらく、人間界でも同じようなものだ。今まで見てきた人間界の女の流行は、線は細いがもっと肉厚的だった。
そしてもっと際立った整い方の顔をしていた。
外見は、藤間の花嫁は当世のはやりの顔とは言えないが、頭の中身の方はクレバーな方だ。
だから忠誠を誓ったわけだが。
「まさか」
セルジュはにやりと笑った。全く、この女性はどこまでクレバーなのか、と思いつつ。
「おいおい、手加減してこれかよ」
ロブは呆れたようにため息をついた。魔力の宿った魔剣で薙ぎ払われた者は、自身の魔力を椎名の剣に吸いつくされ、生命維持するだけの魔力しか残されていない。それこそ、歩く力だけを残すだけ、で残りの魔力を吸い取られている。最も、そんなことができるのは椎名が加減したからであって、普通なら干乾びるほど魔力を吸いつくし、その命を奪うのだ。
「ですから、藤間の花嫁だと言ったでしょう?」
セルジュは当たり前のようにそう言った。大広間で式に参列した魔族たちは何も言えずに固まっていた。
飾り物とまで思っていた花嫁が、これほど戦闘力にたけた人間だとは思ってもみなかったからだ。
しかも、魔族の中でも最も恐れられている「闇魔法」である「魔力吸い取り」を軽々と扱ったとは。
「戦い慣れていた」
「そりゃそうです。退魔師ですからね」
セルジュはそう答えて、しゅっと剣についた血を落とした。
「退魔師って…現役だったとか?」
「当たり前です」
魔力を使い果たし、座り込む警備の銀の鎧を着た兵士の手のひらに、椎名は当たり前のようにさらさらと砂粒を落とした。ほんの少し。わずかな量だったが、その砂粒は兵士の手のひらに落ちた途端、すっと消えた。
「えっ?ありがとうございます」
その意味が分かった救護兵が、彼の代わりに頭を下げた。
魔石の粉末をごく少量、倒れている彼に吸収させることで救命措置をしたからだ。
「ほんの少し魔力を補充しただけよ。医者を。心臓発作を起こしかけていたから」
それは分かっていたが、持っていた魔石を吸収できるほどの生命力は彼には残っていなかったのである。
純度の高い、しかし粒子状の魔石で吸収させるほか救う手立てはないと判断していたのだ。
その兵士は仲間たちの手で担架に乗せられ、医務室に連れてゆかれる。
それを見送る椎名の後ろにルーチェスクは立った。
「椎名、戻るぞ。ロブ、あとで執務室へ」
「は」
「そうですね」
バサリ、と派手にドレスの裾をさばいた一瞬で、大広間の空気が一掃された。
ほんの少しの違和感しかないが、ルーチェスクをはじめ、何人かがその場が浄化されたことに気が付いた。
ルーチェスクは椎名をエスコートして謁見の間から姿を消すと、ようやく誰もが詰めていた息を緩めた。
歴代花嫁の中でも、もしかしたら一二を争うほど優秀な花嫁なのかも、という感想と、ただドレスを気にする馬鹿な花嫁なのかと呆れる感想を持つ貴族たちに二極化されたのは言うまでもない。
アーノルドが まだ喧騒広がる大広間を後にして、安全な執務室に足を運んだ時にはもう第一弾の速報的な報告書が上がっているころだった。執務室では、苦虫をかみつぶしたような顔をしたジャルダンがその簡単な報告書に目を通している最中で、ラルフはいなかったが、椎名はお茶の準備をしていた。
「おお、来たか」
「あれ?ラルフのおっさんは?」
「別の仕事を頼んだ。もうすぐ来るだろう」
ジャルダンからそう説明を受けて書類を渡されたアーノルドはどかりとソファに座ってその書類を眺める。
「まだ来ていないが」
ジャルダンは自分が読み終わった報告書を次々とアーノルドに渡している。
「どうぞ」
コトリと置かれたお茶とお茶菓子にアーノルドは目をやって、当たり前のようにまたそそくさと奥に引っ込む椎名に目を奪われた。部屋付きの侍女かジャルダンやラルフの側近がお茶を入れていたのかと思っていたら、椎名だったからだ。
「え?姫さん?」
確かに、謁見の間にいた時と印象が違う。あの時は、流行りのふんわりフリフリのレースのドレスだったはずだが、と思って気がついた。そのレースのふんわりフリフリ部分はガウンのようになった着脱式で、部屋の片隅のコート掛けにかけられている。
今はその下の部分、ごくごくシンプルなスタンドカラーの、動きやすそうなラインの上部分と、下部分はスリットが深く入ってはいるが、見えないようにレースの隠し布が当てられたシンプルなストレートラインのドレスになっている。腰からの細いベルトを使って自分の剣を帯剣しているので、あのフリルはもしも何かあった場合には動きやすいように、そして剣を隠しやすいようにというデザインで謁見の間に持ち込んでいたのかと理解できた。
しかし、剣を持った時は一撃で何でもやれそうな武闘派の様相を見せていたが、今は全く違う。柔らかな印象があった。
しかも、他の魔族の前では「おバカちゃん」のふりをした。やはり、これほど利口な花嫁はいない。
すべて計算してそうやったのか、と理解し、歴代随一の花嫁なのだろう、と思う。
ルーチェスクがそばに置いていることが何よりの証拠だ、と確信した。
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