第21話 魔王候補に関する報告


 報告書に書かれていた事前情報では、藤間の花嫁を排除する動きがあったことが書かれている。


 魔族は力の強いものがその頂点に立つ。


 魔王を輩出する家系は、常に王族とは限らない。力が強いもの、という意味では魔族の誰もがその資格を有しているともいえる。

 だから次代の魔王が生まれる、というお告げがあったときには魔族たちが沸き立つのだ。


 ルーチェスク自身は先代魔王の息子として生まれたが、同時に次代の魔王候補として何人もの候補者が生まれた。

 先例にならえば、少ない方だという。

 ほとんどは、幼少時に魔王としての資格を失い、脱落してゆくのだが、中には最後まで候補として残る場合がある。


 ルーチェスクの場合、最後まで候補として残ったのは侯爵家令嬢、男爵家三男坊、子爵家嫡男、市井の商人の息子の4人で、多様な出自を持つ複数の候補者たちが次期魔王としての教育を受けた。


 今回、アーノルドが赴いた反乱軍の制圧に関して、彼ら反乱軍の武闘派の一派が推挙しているのは男爵家の三男坊だったことがわかっている。


 彼曰く、地方都市の生活や経済を改善すると言った目標を掲げ、軍の下部、特に辺境地域の警備隊などが同調して単発的に反乱を起こしている、と秘密裏に魔王を攻撃している。もっとも、各反乱軍のリーダーたちの口から彼の名前が出たことはないが。


 当たり前だ、彼にはそんな気がないのだから。彼の思惑とは全く関係なく、反乱軍とも接触してはいない。


 調べてみれば、ここ数年は決まった人物との接触しかなく、しかもその人物は研究職にある人物で政治的なかかわりはない人物ばかりだった。こうなったのは候補者として残っていた過程で本人が農業改革に目覚め、土壌研究のために研究室で寝泊りするほどの偏屈ぶりを発揮しているからだ。


 限られた職員と研究者としか接触せず、定期的に報告を上げる以外はまさに没頭して土壌改革をするのだと燃えている。現実、その研究成果は上がっており、ここ数年、収穫物に合わせて土壌改革し、適切な肥料を配合することで今まで何も育たなかった荒野での収穫が望めるほどになったのだ。

 彼の有り余るほどの魔力は研究という方向に向けられ、配合実験だの、植物の生育実験など、そういった方面で重宝されているし実績を出している。

 もはや、過去は魔王候補ではあったが、今は最先端の土壌改革研究者として農業省の大臣や官僚たちは尊敬のまなざしで彼を見ているのだ。

 当の本人は魔王教育の一環のはずが、研究者として目覚めてしまったことに当惑こそあったが、自分の好きなことをするのが一番と早々に研究者としての選択をして嬉々としている。


 一方、謁見会場で暴れた彼らは、侯爵家の出自を持つ令嬢を推す一派である。つまり、藤間の花嫁を廃して排してこの令嬢とルーチェスクを結婚させ、生まれた魔力の強い子供に魔王を継がせ、ルーチェスクを廃したのち自分たちは子供の裏で糸を引こうと画策していた一派だ。


 侯爵家の令嬢が関わっているのかはわからない、調査中と出ていたが、恐らく彼女は関わっていないだろうとアーノルドは思っている。

 侯爵令嬢は先日見合いをし、上手いこと話が進んでいるらしいと密偵からの報告があったばかりだ。

 そもそもこの侯爵令嬢は野心家ではない。実家は傾きかけた新興侯爵家だが、両親とも穏やかな夫婦で、ことあるごとに魔王候補に残っていることを辞退したいと何度も申し入れてきていた。そういった意味で魔王教育係の「おばば」の頭を悩ませてきた問題児だったのだが。


 藤間の花嫁の存在が明らかになる前は魔王の花嫁候補として名前も挙がったが、本人曰く、とてもおてんばなので魔王の嫁は務まりません、とのことだ。

 アーノルドも知らない仲ではないし、魔王教育を受けた過程で何度も一緒に過ごしてきたから藤間の花嫁という存在がなければおそらく彼女と一緒になっただろう、とは思う。

 魔王妃に、と望まれるだけの強さがあるのかということは疑問が残るが。

 ごく普通の感覚を持ち合わせた、ごく普通の魔族の女で、寵愛を得ようとする他の魔族の女たちと張り合うかと言われれば張り合う前にすごすご退散するような部分がある。だからといって譲れない部分は譲れないと意見を通すほどの強さを持ったところもあり、最終的に魔王候補として残ったのもその匙加減が実に上手だったから、ともいえた。


 親にも野心はなく、魔王候補から外れてすぐに何度か見合いをし、そのうちの一人と一度は婚約寸前までこぎつけたのだが、魔王候補だったということで相手がおじけづき、長い間縁がないと嘆いているくらいだ。普通の、一般の魔族の女の感覚なのだ。


 だが、彼女の意志とは裏腹に、過激な行動を取ろうとする輩もいると聞く。密偵からはそのリストも届いていた。

 そしてリストの中の何人かがこの謁見の場に同席してもいた。


 それとは別に、というか、彼女を推す輩に乗っかろうとする別のグループもあった。最近、利権がらみで暗躍している商人グループの連中だ。彼らは候補に残った商人の息子を中心としている。


 魔王候補として、ルーチェスクよりも統治能力やカリスマ性に劣った商人の息子である。

 策略家で自信家の彼は、いろいろ動いているようだ、との報告を受けている。



 そんなことを思い出しながら、親友のルーチェスクと先刻忠誠を誓った藤間の花嫁、椎名に視線をやる。


 ルーチェスクは相変わらず表情が読めない顔で通常の執務なのか、デスクワーク中で、椎名は指先でビー玉のような、何か色のついたガラス玉のようなものを転がしている。


 全く、動じないよな、と思う。ルーチェスクはともかく、命を狙われて動じない女はいないというのに。


余程の女なのだと思いつつ、お茶と一緒に出された茶菓子の、金平糖のような形のきらきらしたドロップリーフと呼ばれる雑魔力の塊の小さな魔宝石を何気なしに二つ、口に放り込む。

人間界で言うと金平糖、魔界で言うドロップリーフ、どちらも良くあるお菓子である。

「あ、こら」

 ジャルダンが慌てたように止めようとしたが遅かった。


 食べちゃいけなかったのか、と思ったが、アーノルドの口の中でドロップリーフがふんわりと溶けてなくなる。極上の甘みを持った、しかも予想のナナメウエをいくほどの濃厚な魔力が体に沁みこんでゆく。くらりとするほどの酩酊感が生まれた。


 なんだこれは


 それは、今まで食べたことがないほどの純粋な魔力のかけらで、先ほどの戦闘で疲れた体と消費した魔力の補充にはもう少し数が必要だが、しかし、純粋な魔力の塊で出来た魔法石は上品な甘さを宿している。


 純粋な魔力ほど、砂糖のような上品な甘さを感じることができる。

 菓子とはいっても食べやすいように調合された魔法石なのだ。間違いなく。


 少量と言っても、純粋すぎるほどの魔法石を急激に吸収すれば反動が起きる。そうならないように菓子としての魔法石は純度を下げるし、逆に純度が高いものは戦場用の非常食であるとか、急激に魔力を補充するものといった意味合いで口にする。ただし、純度が高ければ摂取した時に何らかの副作用が一時的に起きることはあるが。


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