第16話 一か月 その3
目が覚めると、ルーチェスクは難しい顔をして窓の外と、手にした細身の一振りの剣を交互に見ていた。
王城の中は、中世のゴシック様式に似た装飾で統一されてあるが、かといってゴテゴテしたものではない。
魔族は実用に近いものを好むという。
だが、窓だけは装飾用のステンドグラス部分と、可動式の実用部分である半透明や透明の窓にと工夫を凝らしている。
種族上、窓から出入りすることもできるようにという配慮らしい。
ルーチェスクが座るソファの向こうは格子の枠がある透明な窓があり、テラスと王城の尖塔がわずかに見えていた。少しだけ開けられたカーテンからは、まだ夜だということしかわからない。
珍しく考え込む彼の素振りに、まどろみながら見ていた椎名ははっきりと目を覚ました。
「ルー。どうしたの?」
「ん?いや、なんでもないよ、椎名」
剣を持ったまま、ルーチェスクは椎名がいるベッドまで戻ってくる。
「何か考え事なの?」
「…まずは、この剣を持ってみてくれないか? 違和感があったら手を放すんだ」
首をかしげながら椎名はまず身体を起こし、その剣を受け取った。
差し出されたのは、細身の剣ではあるが、鞘には見事な彫刻装飾が入ったサーベル剣である。最初は儀礼用の剣かと思ったのだが、椎名が手に取った途端、その質量を変えた。
「ん?」
ルーチェスクから手渡しされたときはもっと重かったはずなのに、椎名の手の中の剣は手になじむような軽さになっている。
そして、剣自身から放たれる魔力はゆっくりと椎名の魔力と交じり合い、椎名を持ち主と認識した。
「剣が喜んでいる…のよね、これ」
うきうきした感情が伝わってくるのはなぜだろうか。続けて、落ち着いた感情が流れてくる。
誰かはわからない。ただ、藤間の者にゆかりがある男だ。その男が精魂込めて作った剣であることは分かった。
その男は「花婿」としてこの世界にやってきて、愛する妻のためにこの剣を鍛造したのだ。
その妻は、魔力をコントロールすることに長け、他人の魔力を吸い取ったり、逆に魔力を注いだり、「力技」で魔界を制したこれまでの魔王とは違って、自分の「魔力」を限りなく有効に使うことで「魔王」になった女性だった。
その彼女のために、花婿はこの剣を作ったのだという。
この先、藤間の者がこの異界で生きて行けるように、戦い抜けるようにとの願いを込めて。
いつしかそれは藤の剣(ふじのつるぎ)と呼ばれている、ということも名乗った。
「藤の剣、なのね。私は椎名。藤間椎名」
剣の柄に埋め込まれた赤い宝石が、一瞬光って青になった。
「そうか、認めたか」
ルーチェスクは嬉しそうにそういった。
代々の藤間の花嫁はこの剣をそばに置くし、帯剣することもある。
鞘に彫刻されたそれは、限界値まで重量を減らすための精緻な彫刻であり、丹念に鍛造され、研がれた剣は芸術の域であり、実用の域でもある。特に付与された「変化の術」は賞賛に値する。
魔王と花嫁が認めたものにしか、その剣は抜けない。
魔王と花嫁が認めたものにしか、反応しない。
そう言い伝えられている剣である。剣に込められた魔力に取りつかれて何度も略奪の危険にさらされたが、剣は自分の意志で何度も魔王と花嫁の手元に戻ってきた。
花嫁が必要だとして剣をふるうたびに、剣はその魔力に応えて北のだ。その花嫁の体格や実力に合わせて形や重さを変化させ、時には他者の手の中にあるはずなのに、魔王と花嫁の意を受けて活躍した、そんな剣であった。
特に花嫁が剣が使える人物だとわかると、剣は自分から名乗り、恋しがった。
「不思議な剣ね、重さが変わったし、長さも変わった。相手を見て変化するのね」
「その通りだ。その剣は切れないものがない。そのものの切れ味もなかなかだが、椎名の魔力がその剣に乗れば、多分、魔界一何でも切れる剣になる。浄化の剣、だな」
「浄化?」
「椎名、魔石は作れるか? セルジュから魔石がつくれるときいているが、いまここでできるか?」
そう言われて難なく、手のひらに小さな石を出した。半透明の白い石である。
「もっと純粋なものが良いの? それとも不純物の塊の方が?」
「それだよ。椎名はあらゆるものの魔力を浄化する力を持っている。しかも浄化した魔力を、純粋な透明な魔石から不純物ばかりの黒い魔石まで変換することができる。良いか、普通の浄化師は、今あるそのへんの石ころを媒体にして魔石に変換する力だけだ」
「そうなんだ」
「浄化した魔力が純粋であるほど、切れ味は鋭いし、魔族にとっては脅威だ。覚えておくとよい」
「そうなのか」
「剣は、常に持っていたほうが良い。王妃教育の間は王妃と言っても害意あるやつらの襲撃を受けるだろうしな」
「わかりました」
「まぁ、これだけつがいの匂いをさせてガードが入っているのに襲撃しようというのは相当な連中だろうがな」
ルーチェスクはくつくつと笑って、椎名を抱きしめた。
「つがいの匂いって、魔族全員がわかるものなの?」
「つがいの習性を持つ魔族ならすぐにわかるが、習性を持たない魔族はわからない。だからつがいの習性がある魔族とそうでない魔族とではトラブルも多い」
「じゃぁもしも、自分の番が、つがいの習性を持たない人で、自分とは別の人と結婚していた場合はどうなるの?」
「俺が知っている奴でそんなことになったのは三人。一人は相手の幸せを祈って身を引いた。そのうえで一生独身で過ごしたケースと、すべて承知で番じゃない相手と添い遂げたやつ。最後は…これは特殊だったんだが、結婚した男がろくでもない男で、殴ったりけったり、挙句には閉じ込めて、って男だったから、逆にぶんなぐって自分の番を助けた。これで番同士で生きていけると良かったんだがな、女の方はすっかり男性恐怖症になっちまって、家から一歩も出られないようになっちまった。まぁ、これ幸いにとつがいの男は自分の屋敷に招き入れて暮らしているよ。やっていることは結婚していた男と同じじゃないかと周りは言っている。彼女の意志は完全に無視しているわけだからな」
「それで、彼女は幸せなの?」
「連絡によると、元気だし、大丈夫らしい。つがいの奥方連中との交流はあるそうだ。…心配?」
「もしも私が番じゃなかったら?」
「それはない。こんなに良い匂いをさせているのに」
椎名から剣を取り上げると枕元に置き、ルーチェスクは椎名を押し倒した。
「ちょっと…」
「もっとつけておこう」
くすくす笑いながらルーチェスクは椎名の首筋にキスを落とした。
「ちょっとダメだって」
「何がだめなんだい?」
つうっとそこを舐め上げれば、椎名の体がびくりと揺れた。
「朝起きれなくなるし…」
「俺たち新婚だよ」
ルーチェスクはくすくす笑いながらいたずらを開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます