第17話 謁見
数日後
ルーチェスクは執務室で三人の部下に問い詰められていた。
「それで、抱き潰したのか?謁見があるとわかっていて?」
むっとしながら、しかし静かにジャルダンはそう呟いた。頭の中では次の計算が回っているが。
「まぁ、わからないでもないですが。王妃様は可愛らしい方ですし、嫌われるよりはましですけど」
ラルクはそう言って謁見予定のリストをぱらぱらとチェックしてゆく。意外なほど執着を見せるルーチェスクには驚いたが、それ以上に召喚された花嫁は、期待以上の人物だった。
教育係として名前を連ねる「おばば」や大司教はもとより、歴史や社会常識、社交界のマナーや教養を教える複数の教授や侯爵夫人、社交界になじめるようにと心砕いてくれたセルジュの妻であるフェデリック公爵夫人との関係は良好だ。もう一人の公爵、今日の謁見対象の公爵には妻がいないのだが、その母親、先代公爵夫人のカミラとも仲が良い。二人を含めた教授陣からの報告では、思った以上に順調にお妃教育が進んでいるという。
もちろん、すぐに理解できることもあればそうでないものもあったりと差異はあるのだが、おおむね、計画通り進んでいる。
何より、積極的に魔界のことを知ろうとしていることに深く頭が下がる。
「カタブツのお前がなぁ…。紹介しろよ。口説き落とす」
からかい半分でそう言ったのは真っ赤な髪をした男。黒の皮甲冑を身に付けた、美丈夫でもある。
「やめとけ。一撃で切り倒される。剣の使い手としては相当だぞ?」
「フェデリック公爵の話は聞いたよ。公爵と俺なら腕は互角だと思う」
「負けますよ。私が敵わないんですから」
サラリとそう言ったのは、ソファの向こうで悠然とお茶を飲んでいるフェデリック公爵、つまりセルジュだった。最近は本来の狼の姿で城内に出没していることが多い。そのほとんどが、椎名の護衛だということは周知されている。
自分の種族の姿のままに護衛についているのは示威行為という意味もあるが、花嫁を軽んじる噂を封じることにもある。
「おっさん、相手は女だぞ?」
「女性と男性、魔族と人間、そういう意味で体力差はあるかと思いますが、技術的には私を凌駕しています。武道の心得があるので不思議としか言いようのない形で構えられるが、隙がなくて攻撃的な腕前です」
「大広間の一件はおっさんの差し金じゃないのか?」
「私は何も。全て王妃様の判断ですよ。致命傷を与えなかったのはわざとです。切り捨てれば、必要な証言が取れなくなりますし魔王様や側近の判断を待たずに独断でやったことになります。王妃になることが確定していても、あらぬ疑いを招くことになりかねない。広間で殺すことにもためらっておいででした。禍根を残すようなまねはしない方が良いとの判断です」
「マジ?」
「ああ」
ルーチェスクが即答した。
「我々が王妃様のことを懸念する必要はないですよ。彼女は、もう既に覚悟を決めていらっしゃる。ただ、今はそれを表明する時ではないと自分の本心を隠しているのです」
「どういう意味だ?」
「受け入れざるを得ないから、魔王様の隣に立つというのは魔王様に対して失礼だという自覚があるのですよ。だから、自分がきちんと魔王様を愛することができるようになったら、その時は正式にとお考えです」
「…おっさん、それ本当か?」
「私は長らくサクラとしてあの人にお仕えしておりましたからね」
日本刀のサクラとしての役目は終わっていて、現物は人間界にあるし、サクラとして水晶のブレスレットとなって守るということはもうない。しかし、長くそばにいたということもあって、椎名は時々セルジュに胸の内を相談することがある。
だから、椎名が胸の内に秘めた可愛らしいその想いも知っている。相談も受けた。その一環で、椎名とセルジュの主従関係もあまり褒められたことではない、解消したいという申し出が椎名からあったのも事実だ。
だが、逆に主従関係があるということで相談しやすいのなら、しばらく契約解除は見送った方が良いとルーチェスクは考えている。だから時期が来るまで契約解除するな、とセルジュにも椎名にも申し渡してある。
「あのお方は、ぼうっとしておられるようでいろいろ考えているんですよ。時々、予想のナナメウエをいかれることもありますが」
セルジュはティーカップをテーブルに置いた。
「ジャルダン、椅子に座っての謁見に変更できませんか?」
「可能ですよ」
「起きたのか?」
「起きられましたね、守護石を身に着けられましたので。護衛に戻ります」
立ち上がったセルジュの姿がすっと消えた。
「おっさん、気配が一瞬にして…」
「非常時とはいえ、王妃様と契約なさいましたからねぇ。ま、王妃様は契約解除の申し出をしているそうですが?」
「二人には一連の儀式が終わるまでは契約解除するなとは言ってある。まぁ、セルジュは契約続行を望んでいるから話し合いが必要だな。異例と言えば異例だが」
「は?天下の公爵と契約を結んでおきながら?人間が…公爵を従えるのも普通じゃないって言うのに、その契約を解除するだと?一体あの女は何を考えているんだ?」
「何も考えていないよ。そもそも、公爵は王に仕えるものなんだから人間である私に仕える必要はないと理路整然と公爵に説教垂れていたよ」
「あぁ?そんなこと言ったのか?」
赤い髪の男が笑いだす。
「自分の身が危ないってことも承知してか?」
「ああ。公爵が人間と主従関係を結んだのは、人間界で起きた一時的な危機を回避するため。今はその危機ではないのだからその必要はない。故に解除を、と。もし、解除したことで自分に何かが起きてもそれは運命であり、自身もやすやすとやられるような真似はしないとね」
「おもしれーな、その女」
「気に入ったか?」
「俺が知っている人間は男でも女でも悲鳴をあげて逃げ惑うだけだった。だから誰でも、その精力が果てるまでしゃぶり尽くす。死ぬまでな。あんた達がいくら王妃は守る存在だからと言っても、その女に守られるだけの価値があるかどうかを決めるのは俺だ。嫌な女なら、俺はお前の女として認めない。勿論、魔王はお前だ。王妃の警護が必要なら、相応に協力はする」
「控えろ、王妃様はルーチェスク様が認めた藤間の女だ」
「まぁ、会ってみろ。お前も一目で気に入る」
くつくつとルーチェスクは笑った。
魔王城の大広間が謁見の間として準備されていた。
派手なつくりではないが、上座の壇上に椅子が用意され、魔王とその王妃が座ることができるようにしてある。
中央の赤いじゅうたんの上には、謁見を許された魔王軍の将軍や将校たちがきちんと整列していた。
先頭に立つのは、先ほどまで執務室にいた赤い髪の男。魔王軍を率いる将軍であり、魔王が片腕と称する男である。
つい数日前まで魔王軍として反乱軍を討伐していた将軍や将校たちは、最初の王妃のお披露目の席にはいなかった。だが今日の戦勝報告会の謁見は彼らへお披露目を兼ねての椎名の出席だった。
高らかに入場を発声されてルーチェスクと椎名が揃って登場し、椅子に座った。二人が入場すると同時に、ずらりと並んだ彼らは全員が腰を落とし、膝をついて頭を下げた。
その状態での戦勝報告があり、それについて報償を取らせるというルーチェスクの言葉があった。
「では陛下、私は顔をあげて王妃様と謁見したいと思います」
形式的な儀式が終わるまでは顔を上げることはできない。報償の代わりに、赤髪の男はそれを望んだ。
「良かろう」
ルーチェスクはたやすくそれを許した。
「彼は全軍を掌握しているキレンスキー将軍、アーノルド・ブラウン・キレンスキー公爵だ」
ルーチェスクは椎名にそう紹介した。
アーノルドがしっかり顔をあげた。人型の魔族として魔界の五本指に入るその実力と、人間にはまがまがしく見えるだろう頭から生えた三本の角。その角は魔力が充分にあると伺わせるほど、捻じれながら上へと伸びている。そして、執務室では美丈夫だったはずの顔は戦場にいる時と同じように目が釣り上がり、口も耳まで裂けた状態の「戦闘バージョン」での顔だった。
この顔は、ブラッディ・ブラウンと評されるほど魔界では恐れられた顔で、人によってはこの顔を見ただけで恐怖におののき、失神する。動けるものは一目散に逃走する、そう言われる顔である。現に同席した魔族一同が、凍りつくような緊張感を漂わせている。
やりおったな、小僧、というふうな目で人型のセルジュが椎名の後ろで控えていたが、素知らぬ顔で二人の対峙を見守っている。
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