第15話 一か月 その2


 起こさないようにそうっと椎名の体を包む。

 思った以上に椎名の肌はひんやりしていた。


 椎名の体温はルーチェスクの体温よりも少し低い。人間だから物理的に低いことは確かだが、魔界にうまく順応できればもう少し高い体温になるだろうが、低いままだ。まだ魔力の流れが上手くいっていないのだろう。

 もっとも、順応に関しては優秀過ぎるほどの順序を追っているので心配はしていない。

 ただ、眠りが浅いのが気になっているが。


 ルーチェスクは深呼吸して人型から狼の姿に変わった。

 本来はこの姿なのだが、魔王としては執務上、人型の方が便利が良いので人型を保っているがナチュラルな自分はどちらかと言うとこちらの方だった。体にまとわりつく衣類をさらりと魔法で脱ぐとわが身を椎名の方に寄せた。

 椎名の体を抱き込み、ゆっくりと魔力を混ぜ合わせる。

「ん…」

 寝ていたはずの椎名が目を覚まして、人型のルーチェスクではなく、狼になっていると知ると自分も身を寄せた。体格差があるので殆ど意味はないが、ルーチェスクの首元に椎名は顔を寄せた。それは寝ぼけていると言って良いほどのもので、自然な行動だった。

「椎名」

「なぁに?ルー」

 すうっと深呼吸する椎名。

「何か、悩みがあるのか?」

「山ほど。でもそれって私が解決しなきゃならないことだし、妥協しなきゃならないことだし…。ね、触って良い?」

「何を?」

 答える間もなく、椎名の手がそっとルーチェスクの毛皮の体を撫でていた。

「もふもふ…ふかふかで…つやつや」

 存在を確かめながら撫でれば、しいなの口元が自然と弧を描く。


 椎名は手の届く範囲で狼の背中から腹にかけてゆっくりと撫でてゆく。アニマルセラピーではないが、自分でも落ち着くのがわかる。


「ああ、そうか」

「どうしたんだ?」

 椎名に体を撫でられる心地よさにうっとりしながらルーチェスクは椎名の頬をペロリと舐めた。

「人型のルーも好きなんだけど、狼のルーも好き。私って我がままだ」

「それは俺もだ。狼の俺も愛してほしいと思っている。こんな理不尽でむちゃくちゃな話はないな。ある日突然召喚されて生きるか死ぬかの選択を迫られて、結婚するのは狼だなんてな」

「…でもその狼を好きになっちゃったのよ」

「俺は嬉しい」

 またペロリと頬を舐めた。

「俺のことは怖くないか?」

「ルーチェスクはルーチェスクだよ。受け入れられてる自分に自信がないけど。これが順応しているってことなのかなぁ」

「だろうな。この世界に順応しているということは魔界に対しての絆ができつつあるということだ。つまり、俺にとっても椎名にとっても良い事だ」

「うーん、体が重いのに?」

「まだ魔力の流れが良くないからだ。それでも、歴代の花嫁たちよりはずっと早いと俺は理解しているが」


「そうなの?」


「焦らなくて良い。衰弱するどころか、カラ元気でもバクバク食事をし、城内を歩き回って皆に笑顔を振りまくのはかつてない花嫁の行動だ。衰弱しないということは順応しているということだ。それも自ら、だな。、少しづつ俺のことを好きになってきている、魔界を好きになっている、そういうことだ。召喚で歪められたエネルギー分はもう既に補充されているから、この後はゆっくりで良いから順応してくれ」

「理解を超えてるからなぁ…」

「詳しいことは大司教が専門だが」

「そういうの苦手なんですけど」

「奇遇だな、俺も苦手だ」

 二人はくすくす笑う。


「椎名」

「はい?」

 椎名はゆっくりと、しかし休むことなく毛皮を撫でていた。

「そろそろ限界だ。抱かせろ」

「え?」

「体を撫でまわされて発情しないやつはいないぞ」

 えっと思った瞬間、椎名の体を覆っていた衣類がなくなっていて、狼のルーチェスクに抑え込まれてた。

「俺のこの姿は嫌いか?」

「嫌いじゃないよ。このもふもふ好きだもの」

「人型の俺は?」

「格好良いわよ?普通の女性なら黙っていないほどの美青年だもの」

「でもお前は、俺が欲しいものは与えてくれない」


 それは真実だった。

「…ルーはまっすぐ私のことを見てくれているでしょう?だから、私もルーのことをまっすぐ見て返事をしたいの。確かに、流れでこうなっちゃったけど…そう考えるのはおかしいのかな?」


「おどろいたな。そう返されるとは思ってもみなかった」

「御免…好きなんだけど…それに確証が持てない。それで良い?」

「今はそれで良い。やっぱりお前は俺の花嫁だ。抱くぞ」

「え? どうしてそうなるのよ」

「どうしてもそうなるんだ。特に今日は」

「ルー? どういう意味なの?」

 そのまま狼姿のルーに押し倒される。両肩を前足で抑え込まれているが、爪の感触はない。戸惑った一瞬の隙に、両手両足を固定された。

「ルー…」

 あせって動くが、動かせるのは手首から先と足首から先だけで、首さえ固定されてしまっていた。

 検分するようにルーチェスクは椎名の体のあちこちを嗅ぎ、舐める。

「ちょっと、ルー…」

「つがいの匂いが薄くなっているんだ。匂いをつけるためにも抱く。椎名の意志は関係ない。匂いが薄くなれば危険性が高まるんだ。許せ。嫌がる椎名を好きにするんだからこれ位しても良いだろう?」

「それじゃぁルーが傷つくだけじゃない?ダメだよ、そんなこと。腕、自由にしてよ。貴方に抱きつけない」

「後でな。今はそんな余裕がない。お前が欲しい」

 きりきりと体を締められる感触がある。ルーの思惑通りに、椎名の体が開かれ、膝を立てた両足は痛いほど広げられた。

 そこを、べろりと舐められた。

「ひゃっ」

 それから椎名を宥めるようにルーは椎名にのしかかってゆっくりと顔を舐め、口を舐めてきた。

「暴れるなよ。暴れられると爪で傷がつくからな」

 荒い息を吐きながら、舐めながら切れ切れにルーはそう言った。

「いいから、暴れないから手だけ自由にして」

 椎名がそう言うと、ルーは両手の自由だけは返してくれた。

 これ幸いに、と椎名はルーに抱きついた。抱きつかれたルーは動けない、とばかりぴちゃぴちゃと椎名の耳を舐め、首筋を舐める。

 椎名はその愛撫に体を震わせた。けれど、ルーチェスクの毛皮を撫でることはやめない。

「同意なんだからね。ルーが傷ついちゃいけない」

 ルーチェスクとしてはその感情を認識しろと言いたいが、生憎愛撫に忙しいので反応の良い首筋を舐めた。

「ひゃん」

 自覚していなくてこの反応だ。だったら、自覚したとしたらどうなるんだろう、と思いながら。

「もっと啼け、声を聞かせろ」



 椎名の体液も声も魔力も甘い。わかっているのだろうか?生理的に、女性が交接のためだけに受け入れる甘さと、相手を想って受け入れる時の甘さは違う。椎名の体は最初は、確かに甘いだけだった。けれど今のそれはにじみ出るほど、溢れるほど慈愛に満ちた甘さになっている。その甘さはルーチェスクを虜にする。丹念に舐めまわすと、体を震わせて啼く。匂い立つ体臭も汗も甘い。それほど囚われていると思う。手放したくないのだ。体だけではない、その気持ちも欲しいと思う。


 本当に少しずつなのだが、椎名の気持ちが自分に向いていることに。


 現に、無意識のうちに椎名はルーチェスクに抱きつき、びくびくと体を反応させながらそっとそっとルーチェスクの体を撫でている。そのことが、どれだけルーチェスクを煽っているのか、全く自覚はないのだから。


「ルー…」

 椎名が何度目かの限界を訴えてくる。何度も何度も限界に追い詰めて、高みに登らせた。その迸る精気は腰が抜けるほど甘くて濃厚でたまらないのだが、それも一瞬で次の瞬間には渇望に近いほどの飢えを感じる。もっともっと愛したいのだ。

 返事の代りに椎名の口を舐め、舌を絡ませる。最初は勝手がわからなかったのだろうが、今は人型の時と同じように椎名も舌で返事をしてくる。

「もう…無理…」

「いい、いけよ」

 しっかりとつながったそこは、椎名の限界を伝えてきている。

「嫌。一緒がいい」

 その言葉がルーチェスクの心臓を揺さぶる。

「お前は…」

 ルーチェスクは、自分にとって椎名の存在とは何か、をまざまざと自覚させられる。

 椎名と一緒に愛おしいという感情と共に高みに登る。同時に意識を手放した椎名を腕の中に囲ってしまうと、無防備な椎名の愛おしい顔をべろりと舐めた。

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