第11話 儀式2
ルーチェスクは当たり前というように椎名にスポンジの泡をつけ、その体を撫でるように洗い上げる。洗い上げているのか愛撫しているのかわからないくらいその体に存分に触り、魔界にあってはならないものを浄化してゆく。時折、抱きしめて唇にそっとキスを落とす。
「人間の結婚と違うことは承知している。椎名には、まだ恋愛感情がないことも承知している。戸惑うことばかりで、怖がらせるかもしれないが、俺は、椎名を大事にしたい。傷つけるつもりもない。椎名の意思は尊重するが、魔界の事情で譲れない部分もある。だからそこは譲らない」
「それはわかるけど」
愛撫に潤んだ瞳を向けながら、椎名は弱弱しく抗議した。
今は足の指一本一本の間にも指をからめて愛撫するように撫で上げて洗い上げる。
「ルー…」
「だから、魔王の花嫁として耐えてもらわねばならないことは耐えてくれ」
「これも?…」
「ああ。魔王が一番無防備になる場所に、招き入れることになるんだ。異界から来た椎名にはその意思がなくても付着したもの、持ち込んだもの、体の中にあるものの中で有害なものがあればそれを取り除くことになる」
頃合いを見て、待機させていた「アネモス」に指令を出した。少しでもわからないようにとしたから撫で上げると抱きしめ、キスする。
アネモスはそこら中にいる透明な軟体生物だ。低能で、大人しい性格かつ従順。危険と察知したら素早く逃げる判断力もある。集団で群れを形成し、様々なものを分解して魔素として吐き出す。「生きているもの」は分解できないが、「死んでいるもの」は分解できる特性を持つ。しかも、ここにいるアネモスたちはトップエリートだ。椎名の体の中を傷つけることなく、体の中にある「有害物質」を分解するのだ。
椎名には説明はしたが、拒否は許さなかった。代わりに、存分にキスを落とし魔力を流し込んで快楽を与えた。
「ルーチェスク、これ、これ…」
違和感を訴えるが、そんな涙目で訴えられては煽られるだけだ。
「だから、体の中にあるものの中で有害なものがあればそれを取り除く、と言っただろう?痛くはない。最初は不快だろうが、直ぐに馴れる。自分の役目を終えれば勝手に排泄されるから気にしなくて良い。二日か三日の辛抱だ」
「そんなに?」
「短い間だ」
おそらく、花嫁は数える暇はないだろう。早々放すつもりもないが。
まだ純真な花嫁は頭に疑問を抱えながらも俺のキスに応えてくれた。
全身に微力の魔力を流すことで、身体の中にある魔力袋は見つけた。今度はそこから漏れる椎名の魔力を吸いだし、同じ分だけ自分の魔力を注ぐ。
「えっ?」
途端に、つがいの香りが濃くなった。
「大丈夫だ、怖いことはしない。椎名、お前の魔力は甘いな」
「あまい?」
「そうか、わからないか。じゃぁこうすればどうだ?」
もう一度キスして、体の中に魔力を注ぐと、椎名の膝がガクリと落ちた。
そして椎名は自覚する。
強制的に頭が沸騰するほどの快楽が生まれ、ルーチェスクに抱きしめられていることも、キスをしていることも、今のこの状態も、ぴちゃぴちゃするキスの音を聞く耳ですら快楽を訴えている。それが体の中で増幅しているのだ。
延々と。
「おっと、やりすぎたか」
嬉しそうにつぶやいて、ルーチェスクは湯船に連行した。
「ルー…」
「ちょっと強すぎたか?お互いの魔力を混ぜ合わせることは悪い事じゃない。気持ち良いし、相手の魔力を感じることもできる。体はいろいろな意味で敏感になる。魔力の相性が良ければ、それこそ快感に結びつく」
サラリ、と撫でられたのは石鹸を落とすためなのか愛撫なのか。
声が出そうになって、しかしそれを我慢する。
「こら、我慢するんじゃない」
耳元でささやかれてビクリと体が跳ねた。
「気持ち良い?俺に触られて嫌じゃないのか?」
「少なくとも…恋愛感情はないけど、気持ち良い。貴方は大事にしてくれるから」
「ああ、大事に抱く。だから我慢するな。気持ち良いことだけ追いかけてろ」
泡を洗い落とされているのがわかる。そしていつの間にか拘束がなくなっていて、抱き上げられて湯船から上がった。
「動くなよ」
ルーチェスクはそのまま用意されたバスタオルで椎名をくるむ。
「大事な話なんだが、人間の体液や血液、肉体そのものは魔族にとってドーピング剤だと言ったよね?」
「はい」
「排泄物も同じなんだ。だから排泄されたものを食料として調達する分解生物を体の中に入れた。彼らは中に居て、椎名から排泄された物を食料として魔素に変換する。人間界で取り入れたものを排泄しなくなれば自然と出てゆくよ。永久じゃないから心配しなくて良い」
「理解できません」
「だから、数日間は気を付けておいてくれ。部屋の中で過ごすのは相応の対策を取っているが、部屋の外ではその対策がない。例えば、汗を拭いたハンカチ一つをめぐって魔族が争うことになる。まぁ、それはそれで楽しいがな」
ルーチェスクはくすくす笑っていた。
椎名を立たせるとかいがいしく世話を焼いてガウンを着せてくる。ルーチェスクはそれよりも先にガウンを着ているから不思議だ。その後で隣接する寝室に入ると、先ほど大広間に移されたベッドとは違うものが、そこにあった。
「いつの間に?…って、魔法の世界だもんね」
「戸惑うことが多いと思うが…」
「がんばります」
「少し食べないか?」
確かに、空腹感を覚えているが食欲はない。だが、食べなければ体が参ってしまうので椎名は素直にソファに座った。それからテーブルに用意されたサンドイッチに手を伸ばす。
フワフワのパンの間には、肉らしき茶色の物体と、野菜らしき緑の葉っぱのような物体。エミリーもアルマも口に合うかどうか、心配そうに見つめていた。
えい、と口にするとマヨネーズと塩と胡椒、それにケチャップの味付けだった。つまり、オーロラソースのようなものなのだが、色味はピンクというよりも赤だ。
「すまんな、魔界には人間界と同じ調味料はないんだ。似たようなものはあるが」
「魔界の食事に慣れるようにします。できるだけ、努力はします」
「良かったぁ」
と安どの声を漏らしたアルマはまずい、とばかりに口を押さえた。
そのリアクションに、椎名はふっと笑った。
「まだ儀式が終わっていないから正式な名前を教えるわけにはいかないが、二人とも、頼む」
「かしこまりました」
「もう下がって良いぞ」
二人が部屋から出て行った。
椎名は二切れほど口にして、添えられた野菜ジュースのような赤のジュースに口をつける。トマトジュースかと思ったらそうではない。フルーツのミックスジュースのような味がする。
「…甘い…」
「儀式用のジュースだ。通常、祝宴や祝い事の場合、赤、緑、茶色、黄色、白、黒、の色を揃える。着色した物もあるな。それぞれに意味があるが、形式的に決まりもある」
ルーチェスクは酒らしき茶色の液体を飲みながらそう教えた。確かに、テーブルに添えられたジュースは赤しかないのだが。
「野菜ジュースなの?」
「知らない方が良い。体に害があるものではない」
「そうなの?」
「そういうものだ。ただ、栄養はあるから食欲がないのなら飲んだ方が良い。それとも酒にするか?」
「アルコールは危なそうだから遠慮します」
椎名はそういった。確かに、ルーチェスクの手にある酒からは強烈なアルコールの香りがしている。不快ではないが、明らかに強い酒とわかるものだった。
「そうか、人間は一定の年齢にならないと酒を飲んではいけないとかいう法律があったな」
そう言いながら酒を口にすると、そのまま椎名にキスをした。
様子を見るように、少しだけ酒精が椎名の唇に触れる。
くらりとしたのは、ルーチェスクに酔ったのか、酒精に酔ったのか。
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