第2話 花嫁伝説

 

 たった今、祖母が病院に入院した。

 おそらく、もう長くはない。病院のベッドでか弱く息をしながら、祖母自身が口にしたことだ。


 祖母はこの土地の女だった。若き日の祖父が、どうやって祖母を口説いたのか、どこで知り合ったのか、結局教えてはくれなかったけれど、両親によると二人の結婚を反対した祖母の両親を説得に説得しての大ロマンスだったらしい。そして祖父は婿養子に入ったのだという。

 その祖父が亡くなった後は私の父を藤間(とうま)家の当主に立て、母と結婚するまであれこれと藤間の仕事を取り仕切っていたのだ。



 藤間家はこの地域を見下ろす山のふもとにある。この山は神隠しの山とも言われ、家に残っている古文書によると、何十年かに一度藤間家の人間が神隠しにあうのだと記されている。事実、子供のころ、祖父はそう言って私にレクチャーしてくれた。

 神隠しに遭うのは決まって15歳から22歳までの人間で、男女は問わない。一つだけ条件があって、とても気配に聡い人間が連れてゆかれるという。

 どうして藤間の人間なのかというと、ほかの人間が神隠しにならないようにこの街を守っているんだよ、と山のふもとにある藤咲神社の神主さんはけらけら笑っていた。そういうふうに決まっているんだよ、という。


 藤咲神社は不思議な神社だ。もちろん、古くからある由緒正しき神社なのかもしれない。

 同じくらい、藤間の家系は古い。古くは、この神社近くに住む村人だったと言われているが、文献に残っているのは神社の雑用や藤の木を管理する雑用係のような花守の家系らしい。今でもそうだけど。


 確かに、神社に付随する山三つ分の管理は楽ではない。


 逆に、父も母もこの山が縁で結婚したと言っても過言ではない。

 父の藤間邦彦と母の雅美はそれぞれ大学の教授をしている。父は植物学の、母は動物学の専門で、アウトドアならバッチコーイというぶっ飛び夫婦だ。

 長兄の彰(あきら)は祖父が残した古武道の道場を継いで、近所の子供たちと一緒に走り回っている。柔道も剣道も空手もやるが、本人が一番やるのは剣道だし、生徒が多いのも剣道だ。警察や警備会社で護身術を教えてもいる。かつては自衛隊にいたのだが、訓練中の事故で指を欠損したので身を引いた。内勤の仕事を、とは言われたが、兄は現役にこだわったらしい。今は両親と一緒に空いた時間に山に入っている。

 次兄の勝(まさる)は名前だけが強い、と言われるほど沈着冷静で動じない。どういうわけか薬学部を出て、医薬品の研究をしている研究男である。そして、藤間家の過去の文献に全部目を通したいという野望を持った理系人間でもある。ちなみに解読は進んでいない。

 そして私、椎名。兄二人の影響を受けて文武両道、というのが基本なんだけど、祖母に言わせれば武に秀でているという。確かに、その通りなんだけど。

 剣道は段位を持っていないが、段位を持っている長兄に三回に一回は勝てる。私の剣はスポーツの剣ではなく、実用の剣だから、というのが正しい。


 不思議なことに、祖母を筆頭に父も兄二人も、私も、「普通の人は全く見えないもの」が見えてしまうという特技があった。

 最も「見える」のは私。その次に祖母。それから長兄に次兄と続き、父はそんなに見えないという。でも私以上に見えていたのは快く藤間家に婿入りした今は亡き祖父だ。そしてその祖父の手ほどきで私は藤間の家に伝わる仕事をしている。


 「浄化師」とか、「魔狩り人」とか呼ばれる仕事だ。

 まだ15歳にもなっていないのに早いと叱られたが、何も知らないまま危険を冒すよりは良いと祖母は背中を押してくれた。

 だから、藤間の山の中を守るときだけは、その力を発揮している。

 口癖のように、祖母は私にこう言った。

「いずれ花嫁になるのだろうから」と。



 藤間の家に、ひそかに伝わる伝説と、ひそかに伝わる家宝が二つある。一つはひと振りの刀で、一つは水晶で出来た珠である。

 代々、藤間の家に生まれるもののうち、特に魔を見分ける目を持った者、魔を狩ることのできる特殊能力を持っている者は、生まれ落ちた時にその水晶の珠を体内に宿すという。体内に珠を宿すことができるのは、男女を問わず、そして「花婿・花嫁」の資格があるということだ。

 資格者として選ばれたものは、「神隠し」に会うことがあった。神隠しに遭うことなく、その役目を終えたものも多い。年によって選ばれなかったりもする。不思議な珠で、選ばれたものが15歳から25歳の間に「花婿・花嫁」として選ばれなければ、自然と体内から消えて祭壇に戻っている。そして資格者が神隠しによっていなくなったとしても、次の「資格者」を探すためにきちんと祭壇に戻っている。

 だから、一族の者は言う。

「珠が戻ったということは、向こうで幸せに暮らしていることなんだよ」と。


 もう一つ伝わる「刀」はサクラ、という名前が付いている。刀の柄の部分にさくらの文様が刻まれているからサクラ、なのだが、この刀、不思議なあれこれが付きまとう。

 この刀は形としてはあるのだが、実際のところ、「悪い魔」と戦う力を持つ者の体の中に入り込む。そして、必要な時に刀となって切ることができるのだ。

 その昔は祖父が保持していたが、祖父は年齢と共に維持できなくなったのか、ある日突然、刀は祖父の体から出って行って、祭壇に現れた。そのことにも驚いたが、刀が現れたと騒ぐ家族の中からまるで意思を持ったようにすっと私の体の中に入って来た。

「え?ええええ?」

 混乱するワタシを置いてけぼりにして、何故か私の体の中に入ってしまった「水晶の珠」が共鳴して喜んでいることが分かった。

「そうか、お前は両方の資格を持つんだね」

 そういって祖母は私の頭を撫でてくれた。

 家の祭壇にずっと鎮座していた水晶の珠は、産院から戻って来たばかり、生まれて数日の私の体にポンと入って行ったそうだ。

 藤間の家の文献を見ると、当時、祖母の妹が生まれた時も同じように体の中に珠が入ったそうだ。

 けれど、14歳になった年、彼女の体から珠が転がり落ちて、本人曰く、「花嫁の候補から外れた、人間界で幸せになれ」と啓示を受けたという詳細が残されている。

 サクラに至っては、結婚の挨拶をしようと現れた祖父の体の中に刀が入り込み、返せ、返そうと思っても無理、みたいなやり取りがあったらしい。

 実際、祖父は「魔狩り人」としての仕事が終わった直後、刀を祭壇に返し、自分は土地の者ではないから、刀を受け入れる資格はないですと断ったらしい。

 しかし、サクラは動じることなく再び祖父の体に入って行ったという。


 サクラも珠も、必要のない限り外には出てこない。特にサクラは魔がそばにいただけでは出てこない。害意がある、危険があると判断した時には自然と手の中にあるのだ。

 しかも、形が自由自在である。祖父が手にしていた時は大太刀の大きさだったと思うのだが、私が持つと太刀の大きさだ。ある時は小太刀にもなったし、ある時はナイフの形状になったこともある。

 時々、それだけではない何か、を感じることがある。最初は銀色の生き物だったのだが、一年もたてばそれが白色のオオカミだと気が付いた。

 白色のオオカミの化身なのか、とわかったときは、向こうは非常に喜んでいた。でも意思疎通はイエスノーしかできないが。

 そう言う訳で、私は魔王様の花嫁候補なんだと、分かった次第。


 まぁ、日ごろは三つの山を駆け回って、紛れ込んできた悪い「魔」を狩ったり、街に出てしまった「魔」を狩ったり、悪い「気」が出ている場所を「浄化」するわけなんですが、ね。

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