第59話エピローグ「ギブ&テイク」

 ルモニの街全体を巻き込んだ大きな事件は、各地にその爪痕を残していた。

 祭りの最中であったため被害も多く、何より秘匿されていた領域の問題である。原状復帰だけでなく、説明責任などいつまでも事態はおさまらずにいた。


「噛まれた患者の対応はノティア・ファミリーと役所の仕事、でしょう。え、なんで私に」

「最終決戦には間に合わなかったが、患者数が多かったからな。ノティアが対応してくれたのは良かったんだが……、結局治療法がない」

「でしょうね」


 面倒くさそうに命の恩人ライアー・ディアンをあしらうエレナ・ドイートは書きものに追われていた。


 王都からの要請で今回の事件についてレポートを出さなければならないし、この事件こそ例のルモニの賢者シリーズで大目玉となる事件である。熱が冷める前に書き上げなければなからなかった。


「あんたの知識が必要だ。正確には、あんたの守護精霊の、だ」

「失礼ですね。私の守護精霊はあくまで、過去に記された情報を表示するだけのもの。それを読解し、分析できるのは私の頭脳です」

「何でもいいから力を貸してくれ!」


 頭を下げる冒険者。

 書き物の手を止めたエレナは大きなため息をついた。


 正直関わりたくはないし、自分の役目でないと感じてはいる。それでも、ついでとはいえ命の恩人からの頼み事だ。どうしたものか。


 それにこの熱量だ。知らないだけで済ませても、また家まで押しかけて来るかもしれない。今まさに、この忙しい時に押し掛けて来て迷惑なのは間違いないし、余計な借りを作ってしまったとは思う。

 ただエレナとしては、命の恩人というだけでずっとただ働きは受けられない。


「私にメリットは?」

「メリットぉ?」

「例えば、私は文化教授です。各地の風習や伝承、異界の話などを収集しています。それを起因に私の守護精霊がアクセスできる情報が広くなり、お互いを補完して知識が増えます」

「はぁ……」


「察しが悪い。各地に出向くのに、戦闘力のない私は毎回護衛を雇います。正直信頼がおけるのかすらわからず、なかなかハードルが高い話です。一応女の身ですしね」

「あー、要するに護衛をすれば良いのか? 何時まで?」


 冒険者は冒険者で安請け合いはしない。護衛任務を受ければ相応の値段となる。シビアに見て、ただ働きは野垂れ死にだ。


「これはギブ&テイクかと。各地のダンジョンや異界には、未だ我々の知らない奇病や対応策があるでしょう。今回の同化や魂の汚染もそうです。つまり、この調査はあなたの目的にも一致している」

「つまり、お互いに遠征してそれぞれ能力を提供しあい、お互いの目的を達成するって感じか?」


「そんな感じで。どちらにせよ、治療法がすぐに見つかるものならば影の王なり領主様が対応しているでしょう。長い目で見た方が良いかと。というわけで、私はひとまず目の前の仕事を片付けます」

「そう、だな」

「じゃ、そういう事で」


 言うなり、エレナは目の前に集中しなおした。

 隣でライアーが何か言っても最早反応さえしない。この集中力は流石だが、なるほど女の身で見知らぬ傭兵崩れとこの行動は危険、なのか。

 王都やルモニのように大きな街の冒険者ならともかく、地方の冒険者はピンキリだ。未開の情報を追うなら余計だろう。


 一人勝手に納得したライアーはエレナ・ドイートの自宅をあとにした。


 事件は収束しても、影響は方々に残っている。

 あの小鬼がいくらかつての領民だとしても、被害を受けた側は納得しない。このあと上の立場は大変だろう。


 人通りは多くなく、祭りの熱は冷めていても。両脇や周囲、そこかしこから活気が伝わって来た。

 復興のため、人々は声を出し踏ん張っている。


 その喧噪の中、ライアーは自分が出来る事を探し歩き出していた。

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