第57話「遭遇と合流」

 小鬼が鋭い爪を振り上げた。

 飛び掛かって来た異形の攻撃を、前に出たララが火かき棒で防ぐ。背後にはユーが倒れており、間一髪だった。


 女の身で旅を続けて来たララには多少の心得があり、それを演者としての舞に活かしていたが、あくまで自分の身を守るだけのもの。


 状況は、決して良くなかった。


 あの時、街中にこんな異形が溢れてくるとわかっていれば、ユーの自宅にでも籠って防戦していただろう。

 ひとまず劇団へ戻ろうと動いていた三人は、もう少しというところで異形の集団と遭遇してしまっていた。


 不意打ちではない。喧噪に紛れても真に迫った悲鳴はわかる。

 ただ、その相手がこんな異形の者で。街中に大量に現れているだなんて誰が予想できただろうか。


 前衛としてどうにか防戦出来ているのは、ユーの多才な術とエレナの広い視野のおかげだ。

 それでも、数が多過ぎる。


「下がりな姉ちゃん!」


 ララが覚悟を決める中、上空から声がかかった。アドラーではない。粗野だが力強い言葉だ。


 降って来たのは長剣と男。

 今まさにララに追撃をしようとしていた異形の首が飛んだ。


 長剣を握っていた男は着地と同時に剣を振り、後続の異形をついでのように斬り飛ばす。


「ドリィ! 退路を作れ!」


 男、ライアー・ディアンの声に応じて守護精霊ドリィがララたち三人の背後に炎の壁を展開した。左右を分けるように伸びた炎が、安全な通路を作る。


「ララって奴は居るな?」

「わ、私~?」

「あんたか。良し、退くぞ」


 わけもわからぬまま、突如現れた冒険者ライアー・ディアンの掛け声で、三人は体勢を立て直しつつ通路へと退いた。

 先頭を走るドリィが近寄る異形を蹴散らすように炎を展開し、三人、殿をライアーがついて守っている。


「あの~、どうして私の名前を?」

「ノックストリート劇場を守っていたノティアファミリーに頼まれてな。それより、あんたら噛まれてないか? 傷は?」


 炎の通路を進みながら一同が首を振った。それを聞いて、ライアーが大きく溜息をつく。


「あー、噛まれると同化されるんですね。厄介。へー、魂の汚染。ああ、だから影の王が」

「あんた詳しいのか!?」


 本型の守護精霊を広げ、ページをめくるエレナ。その姿にライアーが食い付いた。

知らず一行の足は止まり、ララとユーが困惑気味に様子を見守る。


「守護精霊が情報収集特化なので。ところであなたは?」

「ライアー・ディアン、冒険者だ」

「ああ、やっぱり。あの色ぼけ冒険者。まぁ私が書いたんですけど」

「あんたかよ! いや、いい。なら事情もある程度通るな。彼女が噛まれた。何か治療法を知らないか?」


 ライアーの真剣な様子にエレナの手が止まった。しかしすぐに視線が忙しなく動き、本に記載された情報を追うのが見て取れる。


「……エレナ・ドイートです。抑制術はノティア・ガイストが継承しているとあります」

「くそっ、影使いの嬢ちゃんが言ってた通りか」

「影使いの嬢ちゃんって……」

「っと、すまねぇ急ごう。俺はそのためにファミリーを訪ねたんだが、そこの大男がララって娘を連れて来いとか言っててな」

「あ~」


 ライアーと守護精霊ドリィが前を行き、三人が続く。通路の入り口方面はとっくに炎が閉じていた。

 小鬼たちも炎を越えてまでは追って来ない。そこまでしなくとも、餌は十分周囲にあったからだ。


 炎の音に紛れ、辛うじて悲鳴のようなものが聞こえる。三人が何度か周囲を気にするも、火の先で何が起きているか見えるはずもなかった。


「一応言っておくが、この状況だ。他を気にしている余裕はないぞ。あんたらを助けるのもギリギリだったんだ。良心が痛むなら、俺のせいにしときな」


 ライアーのあえて冷たく放った言葉に、三人は何も返さず進む。


「もう少しだ。あんたらを届けたら俺はすぐにノティア・ガイストと賢者を援護しに行く。こんな事態を起こした奴を野放しになんて出来ないからな」

「アドラーさんが?」


「ああ、影使いの嬢ちゃんが言うにはそうらしい。まぁ、あの賢者とノティア・ガイストが居れば負けるなんてことはないだろうが、どちらにせよノティア・ガイストには会いたいからな」


 炎に照らされた三人の表情が少しだけ明るくなった。

 何か大きな事態になっているのは間違いなくとも、あの賢者が対処しているというのなら、少なくとも元凶やあのドラゴンへの対処は進んでいるのだろう、と。

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