第55話「決戦場」
「な、何を考えている……!」
男が爆炎を受けながら叫ぶ。
自爆のような大爆発。鏃という小さな火薬どころではない。
18本に加えて、アドラーが会話と鏃を囮に足元へ配置していた爆薬の威力は大きく、覚悟を持って風の守りを展開したアドラーをも吹き飛ばしていた。
ファイカの力より内側へ爆薬を進める事はできずとも、衝撃は十分。同じく吹き飛ばされた男の身は空中にあった。
ヒュドラに限らず竜種の飛び方。生態としての術理が己の魔力を使った飛空術という事を、竜と契約している英雄アトラ・リスレットより聞いてアドラーは知っていた。
それは飛んでいる時は気流として自身の周囲を包み込み、風を見切る事が出来れば足場にする事すら可能なほど強力で、同時に男がファイカの力を全力で出せない理由のひとつであり、更に男が落下しないように保護するものとなっていた。
しかし強力な飛空術も攻撃や滞空時は形態を変える。
狙い通り男は落ちた。
アドラーは衝撃にめまいや耳鳴りを覚えながらも、視界の端で捉えた鎧姿へとステッキを向ける。追撃の手を止めるわけにはいかなかった。
落下しながらの魔術行使。アドラーにとっては日常の事だが、男にとっては未知のものだ。
男は飛んでくる風の斬撃にファイカを展開して対処するのが精一杯なのか、落下への対処や反撃に入る事が出来ずにいる。
どんな鎧であれ、このままでは落下死だろう。アドラーも落ちてはいたが直前に何とかする術はいくらでもあった。
男に対処法があるかは不明だが、攻撃を続けている限りそれも出来ない。
と、主を助けるためヒュドラが飛んだ。
自由落下よりも素早く、翼を畳んだ流線形の姿勢を取り、独自の魔術で一気に降る。
地上へ激突する幾ばくか前に、滑り込んだヒュドラが男を受け止めた。
主人を守るため速度を合わせ、風の術で包んでの保護を加えてゆっくりと地面へと降下する。
幸い、北区にある広場は十分なスペースがあり、ヒュドラが着地しても何の被害もなかった。
「周囲の幻想だなんてとんでもない。本当に、凄い人ですねあなたは」
ヒュドラが降り立つ現場を見下ろし、フィオラ・リスレットは杖を構えて待っていた。
何人もの煙突掃除人に支えられ、その魔力でファイカの力を展開する。広場に被さる傘のように。
街を守る要を壊し、影の王の世界を解放する狙い。それはヒュドラのルートから読み取れた。
それらを解放しなければ、大部分の主を異界に囚われたヒュドラは飛び立つことが出来ないし、そもそも外敵用の結果も同じ楔で仕込まれている。
権利を剥奪したとしても、その歪みを解消して結界を壊さなければ、ヒュドラという竜種と共に脱出する事は不可能だ。
そう読み取ったアドラーは飛行ルートを割り出し、戦闘に適した地点へ火薬を用いた自爆で墜落させる作戦を立てた。
あんなに自由に飛び回るヒュドラを狙い通りの場所へ落とすなんて、自分では発想すら出来ないだろう。
フィオラはその力に感服しつつも、自分の役割をこなす。魔力補助を受けて杖の力を展開し続ける事。それがフィオラのやれる事だった。
「主を打ち倒し、そのヒュドラが野生のまま暴れる方が厄介なのでね。悪いが主人を餌に鳥籠へ入ってもらった」
着地前に改めて速度調整をしたアドラーは、優雅に降り立ってヒュドラへと向き直る。
服はところどころ焼け焦げ、とても万全には見えなかったが、それでもフィオラからすれば頼もしかった。
そして隣にもう一人。
白の短髪、まぶたに傷跡のある老紳士が進み出た。
「ようやく会えたよ。全く、当事者を無視して随分好き勝手してくれたもんだ。このノティア・ガイストを差し置いて影の王を侮辱するとは。……なぁ小僧?」
灼石のノティア・ガイストが向けた敵意にヒュドラが反応し、吠える。
多頭の丸い目玉はぐるぐるとあらぬ方向を向いてはいたが、首の方向は老人へと向けられた。
アドラーもステッキをつき、満身創痍ながらも身構える。
計画通り空を飛び回る巨体は地に落ちた。
あとは直接叩く。それだけだ。
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