第54話「空中戦」

 収穫祭のルモニ上空を、悠々と飛び回る巨大な影があった。

 いくつもの頭を持ち、巨大な翼を広げ、三本の尻尾をたなびかせる異形。


 蛇のような頭が蠢く多頭の竜は、ぎょろぎょろと目線を彷徨わせては居たが、それでも迷いなく一直線に飛んでいた。


 そんなヒュドラの連なる首の根元、毛並の揺れる背中には一人の男が屈んでいる。両脇で大きく動く翼から垣間見える街並みを見て、男は満足そうに笑っていた。


「その笑みは何に対してのものかな」


 不意にかけられた言葉にも、男は笑みを崩さず振り返る。

 鎧を着こんだ男が見上げた先に、風に乗るジャン・アドラーが立っていた。


「自力でこの速度に追いつけるとは思えんが、ともあれ。ようこそ賢者さん」

「何、不遜な男が何処に向かうのか。僕にも検討くらいつく」

「それはご苦労な事で。それで、守護精霊すら持たない者がこの王に何の御用かな?」


 会話は時間稼ぎに過ぎない。そんな事はお互いにわかっていた。

 それでも西の王を自称する男が饒舌だったのは驕りからだったのか。竜の背に立ち、アドラーに向き合った男は余裕ある姿勢を見せた。


「用件はあるとも。そんな図体で飛び回られるとご近所迷惑だ。更には無断借用、いや詐欺かな? このあたりももちろん一つずつ見て行こう」


 アドラーが手にしていたステッキを向ける。呼応するように、何十もの鋭利な鏃が二人の周囲に浮かんだ。

 手のひら大の鏃には紋が刻まれており、何等かの術が付与されているのが見て取れる。


「小賢しい真似を。ファイカの力を前に、そんなものは無駄だと悟ったのではなかったのかな」

「さて、そう思うのなら試してみよう」


 浮遊する鏃はそれぞれ別の軌道を取り、水流のように二人の周囲を回っていた。

 そのうちの二本が飛び出し、様子をうかがっていた男へと飛ぶ。


  風に操られた鏃は弓で射られるよりも威力は低かったが、それでも十分な脅威だ。

 刻まれた紋様の事もあり、警戒した男は自分へと到達する前にファイカの力を展開して鏃を落とす。


 と思った瞬間、その鏃が爆発した。


「ぬぅ!?」


 衝撃によろめく男だったが、鎧のおかげか破片による傷もなく、すぐに身構えファイカの力を先程よりも広く展開する。

 アドラーはその範囲を魔力の流れから判断し、鏃の軌道を男から少し離した。


「いくらでも工夫の仕方があるものだ。魔力を絶つというのなら、魔力の蓋がなくなれば起爆するようにすれば良い」

「……ふん。この程度の威力。ファイカの力を広げておけばやりようはある」

「やりようはある? 指向性と術の併用が可能だった先程までならいざ知らず、周囲に展開するしかないその力で何処まで対応出来るのやら」


 アドラーの用意した鏃は二十本。本来は煙突掃除人たちが使う暗器に近いもので、用途に応じて中身を変えるものを細工していた。

 この状況、男が近接に持ち込むには術なしでこの空中へ飛び出さなければならない。ファイカの力で身を包んだまま飛び出せば墜落だ。


「追い詰められたお前の行動はよく視える」

「ヒュドラよ! お前の力を見せろ!」


 呼応するようにヒュドラの無数の首がアドラーへと向けられる。

 迎撃のための滞空。アドラーはそれを待っていた。


「その考えは止めるべきだった」


 空中戦、二度目の爆発。

 それはヒュドラと男、そしてアドラーをも巻き込む大きなものとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る