第53話「やるべきこと」
謎の竜出現により混乱したのは現場だけではなかった。
祭りを取り仕切っていた中央区東の役所では簡易通知がいくつも届き、その対処に追われている。
彼らは起きている事態への理解が出来ていなかった。
飛び回る竜に、街中に突如現れた魔物のような生物。矢継ぎ早に飛び込む報告に真偽確認すら出来ていない。
そんな馬鹿なというのが最初の印象であり、次に祭りを妨害し評判を落とそうとする敵対勢力の陽動ではないかという疑い。
魔物が街中に突如現れる。それも紛れ込んだのではなく大量に、別々の場所で。その報告を信じる方がどうかしている。
今後の商談や利益が絡む以上、よからぬ事を考える輩は出て来るものだ。特に今回は祭りの前から怪しい動向が報告されていたし、その分警備を増やしている。
疑いがよぎる中、飛び込んできたカラスの精霊が警告音を発した。
煙突掃除人からの緊急信号。その事を知っていたアナ・ディレーは判断を下す。これは誤報ではない。
窓から飛び込んできたカラスは一直線にアナの机へやってきた。カラスは足につけられた管から器用に紙切れを取り出し、アナへと渡す。
「全員注目! 街中で竜と魔物の出現が確認された」
「竜って……」
「ご、誤報じゃないんですか!?」
アナは紙片を再確認し、見せつけるように大袈裟に首を振った。
その様子に狼狽えていた職員たちの動きが止まる。
「呆けている場合ではありません。千年前の魔物との戦争も、五百年前のダンジョン崩壊も、その起こりは唐突で信じられないものだったのでしょう。後の世で笑いものになるのならまだしも、そんな話すら残らない可能性もあると念頭に置いて行動して下さい」
次いで飛び込んできた複数の妖精タイプの守護精霊が、運んでいた地図をアナの前へと広げた。
それは煙突掃除人たちが使うものと同じく、情報が同期される貴重な地図であり、今まさに起きている事態を詳細に示している。
「……恩に着ます。これより戦時と同等の警戒レベル6に。守護精霊の飛行制限を外して。巡邏本部との通信を常にオープン!」
「はい!」
命令で動き出す職員たちの中、騒動で倒れた一脚の椅子があった。アナは何かを感じ、椅子から床へと落ちる細い影に目が留まる。
はじめは錯覚かと思った。その影が不自然に大きく膨れあがっていく。
その異常にアナは身構えたものの、カラスや妖精の守護精霊たちは騒がなかった。その事実から、アナはすぐに脅威ではないと判断する。
膨れた影はほどなく人型となった。
現れたのは真っ黒な短髪を切り揃え、真っ白なエプロンドレスを身につけた小柄な女性である。
「サディ、さん。いえ、あなたは」
「影の王、その触手のようなものとお考え下さい」
「話には聞いています。魔を狩る装置、その力に期待しても?」
「彼らは魔ではなく王が管理すべき領民です。あなたたち人が行った封印破りの結果ではありますが、王は双方の民が倒れるのを望んでおりません」
「……事情はわかりませんが聞いている暇はないでしょうね。手短に何をしてくれるのか教えて下さい」
「フェイゼン様と王は再封印に尽力しています。穴が閉じるまでの間、鬼と化したかつての住民を抑える必要があります。王が再封印に力を使っている以上、私が対応出来るのは穴一つまでです。一番手薄な箇所をご指示下さい。その周辺の安全を確保します」
「フェイゼン様が……わかりました。穴を開けている元凶、首謀者の方は?」
「それは旦那様……。ジャン・アドラーとその助手、フィオラ・リスレットが何とかしてくれます」
機械的に魔を狩るもの。かつてこの地を統べた影の王の末と聞いていた相手は、らしくない物言いと。強い信念や誇りを感じさせる顔つきをしていた。
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