第50話「這い出て来たもの」

 収穫祭で賑わう大通りは人で溢れかえっている。出店がいくつも並び、職人による工芸品から北部からの交易品、東からのフルーツや南の海産物。

 普段はコストの関係で少数しか出回らないものも今日は大量に集まり、街の人間や旅行者を楽しませている。


 ルモニの収穫祭で扱われるのは地元で採れたものだけではなかった。流通を担う商人たちが新製品の宣伝を行うなど情報交換や交流会の意味が強く、大規模なものとなっている。


 特に中央は外向けの出店物が多く、趣向を凝らした一品ばかりだ。商会の目玉、今後の主戦力にしたいほど力の入れている品が立ち並び、流行に目ざとい若者や商人が長時間並んでいる。


 要は地元の人間向けというより、交差するそれぞれの方面の人間が商機やら何やらを広げるため外からの需要で肥大化しているのだ。

 領主の陣営はその制御に追われている。賑わうのは良い事だが、人流や倉庫の確保など。何か月も前から準備を進め、動線整備や警備と忙しなかった。


 そして当然治安維持のため巡邏の手配もしている。

 祭りを楽しみたい人からすれば物々しい警備は歓迎されないものの、西の王という不穏な情報が入っていた分、規模は増強されていた。


 されてはいたが。どんなに巡邏の人員を配置した所で、急に現れた竜への対処など出来るはずもなかった。

 上空から高速で飛び込み、どういう攻撃か地面に穴を開けて去っていく。突然の出来事に、直接の被害があろうとなかろうと祭りに来ていた人たちは大混乱だった。


 平和に暮らして来た者からすれば、大きな脅威が頭上を旋回しているだけでも十分恐ろしい。いくら竜を神聖視する聖王国でも、捕食者足り得る生物への恐怖は変わらない。


 理解できず固まっていた人々が無秩序の群れとなるまではそうかからなかった。

 ある者は屋根を求めて。ある者は橋の下に隠れようと。ある者は、家族のもとへ駆けつけようと。


 悲鳴と怒号が鳴り響き、小さな子は巻き込まれ蹴り飛ばされていく。大きな流れには大人だろうと逆らえない。

 逆らって誰かを押し倒せばその者が、自分が倒れれば自分が。幾千もの足蹴にされて命を落とす。


 だからこの場で唯一動揺の少なかった冒険者ライアー・ディアンは、綺麗な細工品を見に行っていた彼女クリスタ・アンディとの合流を強引にはしなかった。

 竜は飛び去ったが混乱は続いている。危険な戦闘を潜り抜けて来た彼は静かに状況を見ていた。


 女の身で無理にこの流れに飛び込むのは危険である。守護精霊が飛べるものなら警護に行かせたかったが、あいにくとライアーの守護精霊は地竜タイプだ。

 自分一人ならいくらでも切り抜けられる自信はあるが、さてどうしたものか。ライアーはこういう時ほど感情が沈んで冷静になる人間だった。


 だから、次の異変にすぐ気づく事が出来た。


 竜の攻撃した地点から立ち上がる黒いもの。その穴にかかる手が見えた。鋭い爪と、あがってくる皺だらけの顔。過去に相対したモンスターのどれとも違う。

 しかし戦闘経験から、おおよそどのようなモノかはわかる。食人鬼に近い。人間という獲物を見つめる執念を感じる。それが五体、六体と次々上がってくる。


「クリスタ!」


 思わず叫んだ。這い上がってきたものが止まらずに動き出している。

 何故冷静になんてなってしまったのだろう。護衛任務くらいの気構えでいれば良かったのだ。冒険者という戦闘職が街で誰かを怪我させる罪は重いだとか、要らない気をまわして。


 何故デートには必要ないと武具を置いてきてしまったのか。禁止されてはいないのに、彼女が白い目で見られるのが嫌で置いてきてしまった。見栄だった。


 今はそんなものどうでもいい。


「ドリィ!」


 守護精霊に呼びかけ、ライアーは駆けた。お利巧に人の波を受け流している間に、クリスタとの距離は離れている。

 穴が開いたのは交差路だ。大広場ほどではないが道が五つも交差した広めの場所。そこに面した露天商を彼女は見に行き、ライアーは休憩場所の確保のため飲食店に並んでいた。


 守護精霊ドリィを投げる。正確には火属性、地竜タイプ。猫ほどの大きさの四つ足竜は肉弾戦より火力支援役であり、近距離戦闘しかできないライアーとの相性は良かった。

 その相棒を力いっぱい、交差路方向の家に向かって投げる。最早器物損壊などと言っていられる状況ではなかった。


 ドリィは土壁に脚を突き入れるように着地し、落下する前にベランダ部分に飛ぶ。その勢いで柵は曲がったが関係ない。とにかく、異形の前進を止めなければ。

 護身用の短剣で何処までやれるか。ライアーは強引に人波を掻き分けた。押しのけて何人か怪我することになっても、アレが集団でお食事を始めるよりはマシである。


 確認できたのは鋭い爪くらいだ。細身だから素早い斥候のような相手だろうか。

 強固な肉体や力は持っていそうになかった。術を使うかまではわからない。素早い動きで方々に散られたら厄介だ。


 自分の手札で何が出来るのか、何を優先すべきか。

 ドリィが上がった屋根上から炎を飛ばし始める。どちらにせよやらねばならない。


 向かう先、人垣の向こうでは悲鳴が上がり始めていた。

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