第48話「生まれたもの」
それは異様な光景だった。鎧の男だけではなく、その竜も。
いくつもの頭を有し、血走った竜眼を四方に向け定まっていない。英雄アトラの鎧竜とは全く違う、どこか禍々しい存在感を持つ精霊だった。
周囲の異形たちが口々に奇声を発し、まるで西の王とその守護精霊が神であるかのように平服している。
「あれ、が私の……?」
「もう違う。これこそが、我が力。西の王に相応しい姿だとは思わないかね!」
鎧ごしでも男が興奮しているのがわかる。
「さて、彼らとの約束を果たさねば。その前に、賢者に助手。もはや搾りかす程度の価値しか持たない貴様らとはここでお別れだ」
異形たちの目が一斉にフィオラたちへと向いた。ぞっと震えるような悪寒が全身を駆け巡る。なんて目だろうか。
アドラーは倒れたまま、アウラの姿も見えない。この場で動けるのはフィオラただ一人。
「
杖を手に構える。今ここで倒れたアドラーを守れるのは自分だけだ。
覚えたばかりの炎を成形し、集中する。この数相手にどこまでやれるのか。
「おっと、その威力は厄介だ」
西の王がそう言って再びファイカの力を展開する。たったそれだけで、成形していた炎は消えてしまう。
「ではあとはかつての領民たちの恨み言でも聞きながら、なぶられて彼らの糧となるが良い」
一斉に動き出す異形たち。奇声をあげながら突撃してくる何十体もの生物。
西の王は結末を見る事なく、竜種と共に天井を突き破って飛んでいった。瓦礫が落ちて来て異形を何体か巻き込んでいる。
ファイカの力は残留していた。魔法陣に仕込まれた何かが動力源となっているのか、それだけの量を出力して置いていったのか。
突出して来た一体目を杖で殴り、二体目を返す杖の先で突き飛ばす。しかし勢いは止まらない。三体、四体だけでは済まない。
鋭い爪のついた細い手が、倒れていたアドラーの脚を掴んだ。
ここまでなのか。こんな所で終わるのか。自分とアドラーは。まだ聞きたいことは沢山あるのに。
呪いだとか、夏の出来事だとかもそうだ。女史にだって何て説明するつもりだ。彼女のシリーズを未完で終わらせるのか。
どうしてそんな事ばかり頭に浮かぶのか。そういえば西の王の素顔すら見ていない。ずっと鎧を着こんでいた嘘吐き。ファイカの力で押し通した犯罪者。
アドラーを掴んでいた異形の手が燃え上がった。続けて、周囲に居た三体の異形が、まるで爆発を起こしたように弾き飛ばされる。
「あの男は、確かに言いました。ファイカの力はファイカで防げると」
近過ぎる爆発はフィオラの服も肌も焦がしていた。数が多過ぎて自分たちへの延焼を防ぐ余力がない。
フィオラは杖をしっかりと構え、次々と迫る異形たちを睨みつけた。
ファイカの力を傘のように広げながら、その中で術を展開する。必死に行ったこの形態は思った以上に難しかった。
ただ広げるだけなら簡単なのに、内側に術を行える空間を維持しなければならない。指向性を持たせる機構がないフィオラの杖では出力範囲を変えるくらいが精々だ。
この狭い範囲では習得したばかりのドゥエーレは扱えない。もっと別の、盾のような塊を。守り続けられる力を。
ファイカの力は肉眼で見る事が出来ないから、その不確かな範囲で動かせる何か。
炎を恐れて足の鈍った異形たちだったが、それでもファイカの傘の中へと飛び込んでくる。
熱で弾き、杖で殴打し、合間に突き出される爪に引き裂かれながら。フィオラは無意識のうちに浮遊する熱を生み出していた。
毎回弾けてなくなっていては魔力が尽きてしまう。攻撃に値するほどの熱を集めなおすのにも時間がかかる。だから高熱にした魔力を使いまわす。
何体かとの攻防の末に。火の粉が散り、爪の食い込んだ脚から血しぶきが飛んだ。
先頭を燃やす間に、その後ろに隠れていたもう一体に気づくのが遅れたのだ。
「このっ!」
浮遊する熱は間に合わない。杖で殴りつけるには近過ぎた。
自身の脚に爪をたて、そこをえぐりながら這い上がってくる異形。振り上げられるもう片方の爪。
異形の黒い目と目が合った。感情を感じさせない、黒く深い目に背中が竦む。
「
風が舞った。
脚に組み付いていた異形が吹き飛び、まるでファイカの力が見えているかのように、傘の内側に風の吹き乱れる幕が形成されていく。
「すまない。迎えに来たにしては不甲斐ない所を見せたね」
「大丈夫、なのですかアドラーさん」
「おっと、気を緩めてファイカの力を切らさないように。今はそれが生命線だ」
起き上がるアドラーとは対照的に、フィオラはよろけてしまう。左手首に刺さったままの装置に、脚の裂傷。攫われてから気の休まる時がなかったうえに魔力も消耗していた。
「ふむ。アウラは、消えてしまったようだ。さっきのはその反動なのだろう」
「……ごめんなさいアドラーさん、私が捕まってしまったばかりに」
「気に病むことはない。僕なんてもっと前から警戒していたというのに、この体たらくだ。罠だなんてわかりきっていた事だしね。まぁ、それでも飛び込まなければいけない時はあるのさ」
話しながらも、何かが風に弾かれるような音がしている。アドラーが起きたとしても、状況は変わっていなかった。
「一体あの魔法陣は何だったのですか?」
「あれは、ここに居る者達から守護精霊を奪い再構築する冒涜的な魔術だ。君という時期にある者と、授けられなかった多くの者たちの権利を束ね。アウラという雛形と、一つ目という契約生物を核に。更にリスレット家とアドラー家の血という上乗せしようとした強欲の果て」
「ここに居る者達?」
アドラーは頷く。ステッキを手に立ち上がり、足元に魔力を溜めながら。
「異形となってしまった彼らだ。奴は言葉巧みに彼らを扇動したのだろう。西の王として、君らのためだとか。力を束ねて封印を突破するだとか、そんなところだろう。結果どうなったか、君は見る事が出来たのかな」
「え、えぇ。あれは、頭がいくつもある竜、だったように思います。あの男は竜と共に天井を突き破って上へ。瓦礫に潰れる彼らには目もくれませんでした」
「流石は王様。下々の者を気にもしないとは。だがまぁ、放っておくわけにもいかない。飛ぶよお嬢さん。ファイカの力はそのままで頼む」
「え?」
ステッキをついていない方の手でフィオラの腰をぐいっと引き寄せたアドラーは、何でもない事のように言った。
フィオラの返事を待たず、二人は飛び上がる。周囲に押しのけられていたファイカの力が入るよりも速く、高く。
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