第47話「魔法陣」
天井付近で旋回していた天の眼アウラが警告を発した。アウラの眼が部屋の隅、四方八方から起き上がる布の塊を捉える。
アドラーは展開していた魔力で対応しようとしたが、それを許す西の王ではなかった。
「貴様は魔法陣を破壊すべきだったのだ。そのあとに自身と助手が死ぬ事になろうとな!」
今度こそファイカの力が一気に広がる。広間を覆いつくす勢いのそれにより、フィオラでも感覚的に周囲の魔力が消えていくのがわかった。
「アドラーさん!?」
揺らぐ身体。フィオラは何ともなかったが、その隣でアドラーは片膝をついていた。飛んでいたアウラも悲鳴をあげる。
こちらが態勢を立て直す前に、二人を囲む布陣へ布塊の生物たちが動いていた。
何十体にも及ぶ包囲網。
固まったボロボロの布切れから出る細い手足に、瘤のような皺だらけの顔。フィオラはその顔を見ていると、どうにも落ち着かなかった。
災厄に巻き込まれた末に、こんな姿になってまで生き続けてきた彼らを想うと思考が鈍ってしまう。まして自分はそれを殺してしまったかもしれないのだ。
「確かに、この鎧を破壊されたのは大きな痛手だったし、あの少ない時間で打つ手としては最善だっただろう。そこは褒めてやる」
異形の向こうから西の王が語る。
「だが敗北するのは貴様だ。あの時ファイカの力を広げなかったのは彼らを呼ぶためだ。ファイカへの守りはファイカにしか出来ない。よって、今ならば広げたままでも魔法陣は壊れない。彼女が行動したからこそ今がある? その通り。何故彼女の杖を取り上げなかったか。それは貴様をここに呼ぶためだジャン・アドラー」
捕まえておいて杖を取り上げなかった事は確かに疑問だった。しかし、それがどうしてアドラーを呼ぶ事に繋がるのかフィオラにはわからない。
「感謝するリスレットの娘よ。君のおかげで、我が悲願はようやく叶うのだ」
「……詐欺師の言葉に耳を傾ける必要はない」
「いやはや、可愛い助手に説明してはどうかね。半年前か、それとも夏にチンピラを雇った所からかな? その杖に居場所を知らせる術式が隠されていたのは知っていたかね?」
夏の出来事。それはアドラーとの出会いだ。
自分が事務所を訪れる理由となった出来事。夜歩きをしていて絡まれ、そして偶然居合わせたアドラーに助けられた。ちょっとした思い出。
動揺するフィオラを待つ事なく事態は動く。
一際甲高い鳥の声が響き、見上げた先で天の眼アウラが一つ目の異形に握りこまれているのが見えた。
「さぁピースは揃った。あれが欲しかったのだ。賢者は警戒心が強くてね。人質を取って抑えられるかとも思ったが素直にならない。だからこうして、自分で助けに来させる事で罠にはめる事が出来た」
「私こそが餌だったというのですか」
「そうとも。この時のために準備をして来た。多少の例外こそあったが、目的を達成出来るというのは実に気分が良いものだ」
得意気に語る男に対し、フィオラの横でアドラーが顔をあげる。間近にあるアドラーの顔は辛そうで、必死に何かに耐えているように見えた。
「彼女の追跡と解析の呪いは外してある、が。なるほど、契約の成り立ちは解析出来ずとも、雛形ごと取り込むつもりか西の王」
「大丈夫なのですかアドラーさん」
「ふははは、異界の地は大精霊の奇跡が届きにくい。ファイカに侵食された今、契約で繋がった貴様は存在維持で手一杯か。なに、すぐ楽にしてやるとも」
異形たちの先で魔法陣が発動する。光が放たれ、床に描かれた幾何学模様が浮かび上がった。
西の王が広げたファイカの力と干渉しあっているのか、空気の層のように表面が歪み、火花のような力の摩擦がそこかしこで飛んでいる。
「血が足りなかったのではないのですか!」
「もっと良いものを貰うとも。フィオラ・リスレット、君の守護精霊をな」
「な、何ですって……!?」
影の王という規格外の体の底で、西の王を名乗る男の企みは成功した。力の奔流が衝撃となってあたりを襲う。
フィオラが顔をあげれば。意識を失って倒れたアドラーと、こちらを囲む異形たちの向こうで。
鎧を着こんだ男と大きな竜種が立っていた。
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