第46話「再会」

 全てを見下ろしていたアドラーは、誰よりも早く動く。ステッキから術式を展開し、守護精霊アウラを紛れさせ、更には魔石を仕込んだ杭のような魔道具を投げていた。


 ここまで忍び込んだ隠蔽術式。天の眼アウラの得意とするそれは、梟の無音性に起因して発展した特殊能力と言って良い代物だった。

 その力で隠れながら魔法陣を解読したアドラーは、設置されたファイカの素材を狙って杭を誘導させている。


 西の王はファイカの力を全方位には広げなかった。広間を覆っては魔法陣に仕込んである素材とその術式に干渉してしまうのかもしれない。アドラーはそれを読んでいたのか。

 男は咄嗟に出せる力全てを投げられた杭へと向けていた。フィオラ確保やアドラーの迎撃より、魔法陣を優先したのである。


「さて、迎えに来たよお嬢さん」

「アドラーさん!」


 異形の手を難なく弾き飛ばしたアドラーは、優雅な着地でフィオラの前に降り立った。

 そのいつもと変わらない態度に、強張っていた力が抜けていく。知らず、倒れ込むようにフィオラはアドラーへとその身を預けていた。


「無事、とは言い難い格好ではあるが。よく頑張ったね」

「もう、遅いですアドラーさん」


 装置が食い込んだ左手も、動き回った身体も一気に重くなる。けれど、さっきまでどうしようもないと思っていた状況が、アドラー一人いるだけで何とでもなる気がしてくるから不思議だった。


「無駄な事をしおって」

「無駄かどうかはすぐにわかる事だ。現に、彼女が行動し時間を稼いだからこそ今があり。その結果、西の王を自称する不遜な男は敗北するのだからね」


 何やら腹部を抑えて西の王は片膝をついていた。一体何があったのだろうか。どうやら魔法陣の破壊は阻止されたようだが。


「敗北? 敗北だと?」

「そうとも。状況を見たまえ。魔法陣を守ろうとした結果がそれだ」

「ふん、わかってはいたさ。賢者は上に注意を向けさせて、いつも下から攻撃するとな」

「わかってはいても一瞬のうちに打てる手は限られるものだ」


 アドラーの狙いは魔法陣ではなかった。わざわざ声をかけ、これ見よがしに投げた杭は魔法陣を破壊するものであったが、囮の攻撃である。

 魔法陣を守るには誘導推進の風魔術と、杭に仕込まれた衝撃波。どちらも止めたうえで、自然落下する杭という物理的な障害を防がなければならない。


 フィオラの杖が無効化と術行使を両立できるように、西の王にも何かがあると睨んでいたアドラーは、それを引き出させたうえでその機構をアウラに破壊させたのだ。


 西の王にとっての奥の手。先の交戦やフィオラを追う時にも温存していた隠し玉。ファイカの力に指向性を持たせ操り、それによって自らの術を通す仕組み。その機構は腕の付け根にあった。

 調整方法が魔力の通し場所や量なのか、それとも物理的な仕掛けなのかはわからない。ただ、杭への対処に動いた部位と、そのために術を外へと通した隙間にアウラの攻撃をぶつけたのだ。


 内部でどの程度のダメージになっているかは見えないが、少なくとも自由自在にファイカの力を扱う事は出来なくなったのだろう。


「アドラーさん、ここは何処なのでしょう」

「ルモニの街だとも。その地下だ。呪いに溢れた地を浄化するため、影の王はその身体で旧ルモニを呑み込み封印した。今のルモニはそのうえに建築されたものなのさ。だからこそ影を伝ってサディは表のルモニ全域を守る事が出来る」


「表の。裏は、誰が守るのでしょう」

「少なくとも奴じゃない。君も自分で言っていただろう。西の王は嘘吐きだとね。ノティアのように継承された当人ではないし、あの魔法陣はどう見ても自分のためのものだ」

「……アドラーさん、一体いつから見ていたのですか」


 アドラーはそれには答えなかった。肩を竦めて抱き留めていたフィオラの身を離し、ステッキを手に蹲ったままの西の王へと向き直る。


 彼女が杖を使ったことで広間を特定出来た。彼女が抵抗した事で、密かに潜み魔法陣を分析することが出来た。だからこそ、アドラーの策はうまくいった。


 ファイカの力をピンポイントで伸ばし操れるというのは、兵力のほとんどが術士であるこの国において脅威である。

 それに、この男がやろうとしていた事は精霊への冒涜であり、到底見過ごす事は出来なかった。


 得意とする不意打ちで魔法陣を壊してしまえばあの男の目論見は崩れるが、その後が続かない。それに不意打ちに関しては西の王も警戒しているだろう。

 奇襲ではなくわざと注意をひき、術を使わせる。そして相手の手段を奪う。これで、もう奴は魔法陣を守り切れないし、ここから逃げる事も難しくなった。


「西の王、お前が何年も素材を集め研究してきた集大成。その鎧はあまりに危険だ。もちろん、そこの魔法陣もだが。いずれにせよ、ここで逃すわけにはいかない。うちの助手への仕打ちも含め、きっちり代償を払ってもらおうか」


「代償だと? そちらこそ払ってもらいたいものだ。十傑のアドラーにリスレット。貴様らはどうする気だ。この地を」

「それは当事者が決める事だ。少なくとも十年前の混乱でこの地に落ちた程度の新参者が決める事ではない」

「十年前?」


 後で杖を片手にフィオラが首を傾げた。


「奴の手には広範囲の火傷痕があった。西の地で火災といえば十年前の混乱だ。君も少しは覚えているだろう? 煙突掃除人によれば、当時西区で起きた大火災は対処が遅れ、下に落ちた者が何名か居たらしい。僕でさえ霧使いに聞くまで知らなかった事だ」


 十年前。自分は五歳だっただろうか。とにかく家の者が慌ただしく、お出かけの予定もなくなって不満だった事をフィオラは覚えていた。

 約束通りになんていかない。耐えて頑張ったのにご褒美は消え去ってうやむやになって。幼いながらも言う通りにするだけじゃない道を探し始めた時期だったか。


 あとから調べてみれば。海をこえた南方ルテンを平定し国交を結んだことで、それまで貿易中継地として利益を得ていたドラルケと揉めたのだという。

 大型船の需要が高まり、北方の良質な竜骨が数多く運ばれた。その中核を担う商会がルモニにあり、物流そのものが狙われたとか。


「知らなかったですまされる事ではない」

「そんなものは今も各地で起きている。最もらしく語るなよ西の王」

「ふん。生まれた時から十傑の一族として英才教育を受けて来た者に一体何がわかる」

「それはそれは。生まれが良くて申し訳ない」


 アドラーはステッキをついて、何時ものように魔力を展開していた。何時だって話術は時間稼ぎのためであり、西の王の次の手に対応するつもりである。


 先ほどの攻撃で機構は壊したはずだが、肉体的ダメージがどの程度かわからないのが気がかりだった。

 ここで焦って魔法陣破壊に出て、相手が突撃して来た場合アドラーはともかくフィオラまで守り切れるかは怪しい。


 人質にとって逃げ切られれば、ファイカの力もあって見つけ出すのは困難だ。魔法陣も描きなおす事が出来るし、鎧だって修理されてしまう。

 男の傷が近接戦闘に支障がない程度なら、最悪自分もフィオラもここで倒される可能性だってあった。だからこそアドラーは慎重に観察を続けている。


「時間稼ぎをしているのが自分だけだと思うなよルモニの賢者!」


 そう言い放ち、西の王は立ち上がった。

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