第43話「攻撃魔術」
灯りのために集めていた熱量は、そのまま咄嗟の攻撃魔術へと変わった。フィオラは感情のまま大声をあげて、その魔力を放つ。
それは分類的に攻撃魔術にもなっていない、ただの熱の塊だった。術としての行程を経ていないそれは、入ろうとしていた異形には当たらず扉へと着弾。
下位攻撃どころか練習用の着火術にしかならない魔術だったが、結果的にはそれで良かったのか。直撃しても通じたか怪しい熱量は、古びた扉を燃やすには十分だった。
部屋に入ろうとしていた異形は燃え上がった扉に怯み、廊下へと下がっていく。
肩で息をしながら、フィオラは燃え続ける扉を睨んでいた。何のために授業を受けて来たのか、もっと集中しなければ。
入って来た扉は燃えていて出られない。気付かぬうちに座り込んでいたフィオラは立ち上がり、扉に杖を向けながら部屋を見回した。
幸い、この部屋は吹き抜けの向こう側へまわるための部屋なのか。炎に照らされて見えるだけでもいくつかの扉があった。火がおさまったらアレが入って来るかもしれない。早く移動しなくては。
通路と通路の間に渡し廊下代わりの部屋があるのだろうか。部屋の四隅にはそれぞれ扉があった。フィオラはひとまず奥の扉を目指す。
戻るのは論外だし、あれから見て向かい側に出たところで吹き抜け越しに飛び掛かって来るかもしれない。今はなるべく距離を取りたかった。
あれは一体何だったのか。
四つ足で、一つ目で、体毛のない獣。首が長かった気もする。人が四つ這いになったかのようにも見えた。あれは、魔物だろうか。
でも魔物なら影の王が許さないはず。いつの間にかルモニから外へ運び出されたのだろうか。
ぞっとする想像に頭を振りながら進んで行くと、乱雑に置かれていた机や椅子の間で何かが動いた気がした。火による光の揺らめきだろうか。
訝しんだフィオラが注視した先で、簡素な長机と椅子の間からいきなり布の塊が立ち上がった。
「え?」
ぼろぼろの布を固めたかのような身体から、細い手足が伸びている。更に、布の縫い目から顔とおぼしき部位が生えて来た。
深い皺の刻まれた樹木の瘤みたいな顔に、目と口がついている。その顔、その目がフィオラをじっと見つめていた。
大きな黒目を見て、フィオラの血の気が引いていく。そしてそれに呼応するかのように、相手が動いた。
奇声を上げながらの突撃。迫る脅威に、フィオラは本能的に動いた。
術や魔力だなんて悠長な事を考える暇がなかったのが良かったのか。躊躇うことなく、手にしていた杖を鈍器として振り抜いていた。
飛び掛かろうとしていた生物は杖側面に殴打され、椅子を破壊しながら転がっていく。
もう嫌だ。こんなところからは逃げ出したい。フィオラは心の底からそう思ったが、助けてくれる人は誰も居ない。
いや、きっと父も祖父も動いてくれているはずだ。それに、アドラーやサディも。だとしても、ここに居るのは自分だけである。
ここで蹲って投げ出すくらいなら、あの牢獄から出ていない。
ただ良くなって欲しいと願いながら行動しないのなら、周囲のすすめでお飾りのような魔術を学んで高い地位とやらについて愛想笑いをする人生だっただろう。
けれど、自分はそうしなかった。
どうしてか。伯母の影響か。責務から逃げたのか。違う。そんな消極的なものじゃない。
怒りだ。
やる前から決めつけて来る奴が、都合を押し付けて蓋をするような奴が、人を人として見ないような奴が、ただ許せなかったのだ。
ああ、なんだ。自分は自分というものを、よくわかっていたのだ。
あの牢獄を抜け出した時、そう行動した時の想い。その発露はなんだったのか。これではアドラーに苛烈な性格と言われても仕方がない。
そう自覚し、納得した時。フィオラから怖れは消えていた。
立ち上がる布切れ生物を前に、魔力を練る。逃げるという選択肢は消えた。やるべきことをやるだけだ。
熱を溜め、杖の先に集中して矢尻を成形する。その数は三本。
初歩的な攻撃魔術。かつて中庭で粗暴な来客たちが見せた【イグニスジータ】あれはただ火の塊と推進剤となる術と合わせて目標に射出する術だった。
けれど、アドラーはあれでは駄目だと言った。
原理と仕組みは変わらない。ただ投げつける塊はより強固に、鋭利な形状に。推進剤とする力も集中し、より瞬発力を高める。
基本的な術だからこそ、基礎を高めればそれだけ威力は増すのだ。推進剤が強ければ速く、風で逸らすのも難しくなる。着弾点で爆発させれば広範囲に。硬くただ集中させれば突破力に。その工夫が本質だ。
目標を追尾するようにすれば【トラング】質より数を取って斉射すれば【ディリ】
自分が得意なのは力強さ。であるならばこれは、穿つ炎【ドゥエーレ】とでも名付けようか。
「
そう決めて唱えた術は、まるで神経が繋がったかのような感触を持って応えた。名づけによりそう固定化した術は、以後手足のように再現されるだろう。
放たれた矢尻は、起き上がった生物を一瞬で貫通して背後の壁を突き抜けていった。
生物は何をされたか理解出来なかったのか、胸に空いた穴を見ることなく首を傾げたまま倒れる。衝撃を残さないほどの貫通力。出血することもなく、傷口は焼け焦げていた。
「魔物がこんなに居るなんて」
いきなり放り込まれた実戦で、異なる魔物にこうも遭遇するとは。まるで話に聞いていたダンジョンのようだ。
そう考えながら、残りの矢尻を消そうか迷っていたフィオラに声がかかる。
「流石は伝説の十傑、現代の英雄を生んだリスレット家だ。守護精霊を授かる前から、そこまでの力を持っているとは」
出ようと思っていた扉から入って来たのは、奇妙な鎧を着込んだ男だった。鱗状の表面が、フィオラの造った矢尻の光を反射してきらめいている。
「だが、かつての領民を簡単に殺してしまうのはどうかと思うね」
「それは、どういう事ですか」
言動の意図はともかく、口ぶりからして間違いなかった。
フィオラはこの男が自分を攫った張本人だと確信し、杖と矢尻を向ける。術が通じない相手とは思いもせずに。
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