第42話「一つ目」
ランタンの灯りを頼りにフィオラは石の階段を昇っていた。冷え具合からして地下ではないかと思ってはいたが、それにしても長い。一体ここは何処なのだろうか。
牢獄のような場所からは廊下が伸びていて、途中いくつか部屋があったものの最終的に上へと登る階段に繋がっていた。
円を描きながら続く階段は城や塔のものを思い起こさせる。そもそも今は何時くらいなのか、攫われてからどのくらい経って居るのか。疑問は次々と浮かぶも答えはない。
「どうしてこんなに暗いのかしら」
地下だから窓がないのだとしても、それならそれで一定間隔に魔石を配置するものだ。燃料問題は灯りにも規則を持たせたはずだから、ここはそれ以前に造られた場所だろうか。いや、そうだとしても手が入るはず。
「やっと、着いた……」
上がり切った先には扉が一つ。フロアのようなスペースもなく、狭い階段の突き当りに扉があるだけで、やはり塔か何かのようだった。
今度こそ、居場所の手がかりくらいは見つかるはず。そう思っていたフィオラは扉をあけて固まった。
吹き抜けの廊下。フィオラには最初そう見えた。祖父に連れられて見学した兵舎にあった構造で、各階内庭に向けてベランダのような廊下が並んでいたのを思い出す。街中でも何度か似た建築物を見かけた気もした。
扉を出てすぐ左右に広がる廊下。目の前には石で出来たアーチ状の柵があり、その先には向かい側の廊下が層になって並んでいるのが見えた。何階分あるのだろうか。
吹き抜けは一番下が見通せないほど深く、時折大きな音を立てて強い風が吹いている。地下のはずなのに高い所に居るような感覚も不可思議だったが、何より問題は上だった。
「どうなってるの」
思わず呟いたフィオラが見え上げるのは、吹き抜けからのぞく上空。そこには水面があった。
ゆらゆらと揺らめきながら、青い光が突き抜けて周囲を照らしている。何かの魔術で水を上に流しているのか、それともあっちが下で自分が上下逆に立っているのか。
ただ水の膜がはられているというわけではない。頭上の水中は、通って来る光の元が見えないほどの深さがあった。
外が見えれば脱出の算段、いや少なくとも現在地について多少は知れるだろうと期待していたのに。フィオラは思考停止してしまう。
だから、それに気付くのが遅れた。
からりと石の落ちる音が、風の音に混じった。振り返ったフィオラがランタンを向ければ、すぐ目の前。至近距離で大きな目玉が眩しそうに細められる。まぶたではなく被膜が下から上がりながら、眩しそうに目玉の顔が逸らされた。
「ひっ」
息を呑むフィオラは、光を遮るようにあげられた異形の手から数歩離れて動きを止める。
四つ這いの人型。顔にある一つ目は大きく、体毛のない白い身体には青く血管が浮かぶ異形の姿。目玉の下に並んだ歯が、一本一本独立した生き物のようにぎちぎちと揺れている。
悲鳴も上げられず、フィオラはランタンを投げつけて反対側へと廊下を走った。
後ろを確認する余裕はなく、突き当りの扉を開いて中へと飛び込む。ランタンを捨ててしまったため、外の光が入らない部屋は暗かった。
フィオラは部屋の隅へ転がり込みながら、必死に魔力を手繰る。集中、集中と自分に言い聞かせつつ熱を集めて、教わった術を目指した。
「ルクサス、ルクサス」
術名を唱えても気ばかりが焦ってしまい、どうにもうまくいかない。さっきのは何だったのか。燃焼する何かがあればもっと楽なのに、どうしてランタンを投げてしまったのか。
思考がまとまらないフィオラに光がさした。明るさ、ただそれだけでもどうして安心するのだろうか。とにかく助かった。
そんな想いで顔をあげれば。
器用に扉をひいてこちらを覗き込む、一つ目と目が合った。
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