第41話「解呪の依頼」

 孫娘にかけられた呪いを本人に知られる事なく解呪して欲しい。

 それが領主フェイゼン・リスレットから頼まれた依頼だった。


 面識もない年頃の少女に近づき、領主陣すら難儀した呪いを本人に気付かれずに外すなど、そう簡単に達成出来るものではない。


 話を聞けば本人はかけられている事も知らないというのだ。

 それではどういった呪いなのか調べるのにも時間がかかる。


 呪い。要するに術理を解明できていない類の魔術や効果をそう呼ぶ。

 精霊の引き起こすもの、魔物が持つもの。良いものは固有能力だとか奇跡と持てはやされ、悪いものとみれば全てが呪いだ。


 とは言え、有無を言わさず解呪していないのなら脅威度の低いものなのだろう。

 思ったより調査はうまく運び、魔術の授業と称して呪いの効力も特定出来た。気付かれずに外す部分は杖の力で何とかし、依頼は終わったはずである。


 ただし、本人を不安にさせないための配慮は犯人捜しを困難にさせた。


 杖が手がかりを霧散させるとしても早期の使用を望まれたのだから仕方ないが、悪意ある呪法を使うような目的は探る必要がある。

 本来は必要のない行動だとしても、向こうから来るのだから物のついで。誰かが彼女を狙っているからこそ、助手という関係は都合が良かったのだ。


「それだけのはず、だったんだがね」


 アドラーの眼下には、職人街から幾筋も立ち上る煙が見えていた。先ほどまで戦っていた北部の歓楽街は遠く、ここからでは見えない。


「さて、どうしたものかなサディ」

「……魔がない限り、私が人の争いごとに関わる事はありません旦那様」


 ルモニの西から中心部までを一直線に貫く高速水路、その橋梁にアドラーは座っていた。


 水路はルモニの街で最も高い構造物であり、聖王都へと繋がっている偉大な遺物である。

 かつて守護精霊との契約が成された時代に、魔物への反撃のため精霊たちに造られ、今なお自動修復され続けている奇跡の陸橋だった。


「そうは言ってもね。ただ攫って脅す程度の相手なら、もちろん君の出番はないさ。しかしまぁ、これまでの事を鑑みるとどうかな」

「思考の連結は苦手です」


「君は影の王が人の世に疎い事から引き出された調整役なのだから、もっと人を知るべきだと思うがね。影の王が君を必要だと判断し、生成しなおした理由。当時の領主が君を傍に置き、仕事を与えた意味。その辺りを一度考えてみたらどうだい?」


 アドラーが呼びかけた影からの反応はなく、高所を風が吹き抜ける。その風に乗って来たのか。白い梟、守護精霊アウラがアドラーの肩へと舞い降りた。


「情報は揃ったか」


 西の王、大きすぎる名を騙るだけあって、密輸や資金調達の動きを見ても十分危険な男である。

 わざわざ秘密裏に、それも大規模かつ長期的にファイカの素材を集める手際。潰されて尚、手を変えて証拠も残さない周到さ。


 そして領主の孫娘を攫っておいての脅迫と戦闘力。


 事務所での戦いは西の王が退いた事でお開きとなっていた。手の内を見せておいて退くのだから、よほどの理由があるのだろう。

 事実、アドラーは対策もなく肉迫され危ない所だった。正面からぶつかり合うには何等かの策が必要である。


 倉庫内では気圧変動による激流にあえて身を晒すという、捨て身の逃げ方で虚を突いた。

 その緊急脱出も手の内が知られた以上、次からはファイカの無効化範囲を広げて潰されるだろう。


「サディ、聞いているかな?」

「はい旦那様」

「彼女の杖に仕込んだ割符が動いたにも関わらず、この街にはないという情報が揃った。アウラの眼は確かだ。彼女が完全に隠蔽された場所に居るのなら符の通知も来ない。それでいて見つからないという事は、わかるね?」


 フィオラの杖には魔力を通すと守護精霊へ発信するような術式が仕込まれていた。

 これは呪いによって狙われていたフィオラを守るため、守巫屋かみふやテオ・バンディにつけさせた保険である。


 割符と呼称されるように、簡単な通知を精霊の伝達能力で届けるだけのものだ。


 今回は魔力が通るたび割符が物理的に動くよう細工しておき、精霊が持つ片割れで状態を知る事が出来る。フィオラの知らない内部で、ビスに留められた木片が時計の針のように動いていたのだ。


 一周するまでファイカの力の中だとわからないが、無効化に晒されていない瞬間があれば状態は同期する。

 その割符が動いたという事は、どういう状況であれフィオラが杖を使ったという事だ。


 そして割符を持っている天の眼アウラが、上空からいくら探知術を駆使しても見つからない場所となれば。

 アドラーに心当たりは一ヶ所しかなかった。


「では、行動開始といこう」


 アドラーは帽子を押さえながら、何でもない事のように。橋梁からステッキを手に飛び降りる。

 直立したまま足から落ちるその様は、毎回その姿に肝を冷やして来た助手が見ればまた怒るのだろうな、とアドラーは考え。そして口元を引き結んだ。

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