第35話「主張」

 事務所のソファへと放り出されたフィオラは、運ばれている間に冷静さを取り戻してはいた。

 それでも、今度はそんな扱い方をされたというのが気に食わない。帽子を外し一息つこうとしていたアドラーへ、早速フィオラは噛みついた。


「どういうつもりですか、アドラーさん」

「君こそ、どういうつもりかな。今回の依頼である素性調査は達成されている。人柄もだいたいわかっただろう。あそこで彼に説教をしたところで何も変わりはしない」


「アドラーさんも昨日クリスタさんの想いを聞いていたでしょう」

「整理しよう。そもそも我々が受けた依頼はライアー・ディアンの仕事を確かめる事と。人柄について裏がないのか確認することだ。それ以上は踏み込むべきではない」


 確かに依頼内容についてはそうだろう。けれど、あんなに嬉しそうに話していたクリスタにそのまま伝えるというのは、フィオラとしては納得出来なかった。


わたくしは、この件について報告すべきではないと思います」

「嘘をつけと?」

「そういうわけではありません」


「君がどういう主義主張を持つかは勝手だけれどね。この件について議論の余地はないだろう。依頼された内容について報告する、それだけだ」

「それでは誰も幸せになりません」


 そう思うのだ。もちろん、彼女が実際その報告を聞いてどう受け取るかはわからない。あそこまで幸せそうに語るのだから、冒険者という事実を受け入れて一緒にいるかもしれない。

 それでも、とフィオラは何か腑に落ちないものを感じていた。


「ほう。君は、確か。周囲からの勝手な押し付けに辟易していたのでは? 事これに関しても同じだろう。彼らの幸せは彼らにしかわからない。彼女と彼の望むものすら違う。僕らが彼らの付き合い方について何かを押し付けるというのは、君に安全な遠距離魔術を扱うよう説得してきた彼らと何が違うのかな」


 アドラーの冷たい視線がフィオラを射抜く。

 それも、そうなのだろうか。自分が感じているモヤモヤは、ただの押しつけや勝手なのか。


 フィオラは改めて自分の感情について考えた。


 自分の中にあるもの。その勢いだけでぶつかっても、アドラーが動じる事はない。彼を納得させるためにも、自分が感じた何かを言語化しなければならない。


「私が助手となってから初めて受けた依頼を覚えていますか?」

「もちろん。社長が帳簿と失踪したという自作自演の依頼だね」

「あの時アドラーさんは彼の依頼通りの事だけをして終わりにしましたか? 私が初めて事務所を訪れた際巻き込まれた事件、あれも依頼人の言う通りに事を運びましたか?」


 サディが淹れる紅茶の香りが届く。二人は一旦ソファに身を降ろし、向かい合った。

 腕を組んだアドラーは頷いて答える。


「君の言いたいことはわかるが、あの時と今回では条件が違うだろう。事実確認というシンプルな答え。それを受けてどうするかは依頼主が決める事だ」

「いいえ何も違いません。あの時、私は最適解が何なのか見通せませんでした。ですが今回は違います」

「ほう」


 視線はそのままに、アドラーはサディから紅茶のカップを受け取った。フィオラもカップを受け取りながら話を続ける。


「依頼主が望んだのは“安堵出来る幸せ”であって“暴かれた事実”ではないと思います。アドラーさんは合理的な判断は良いですが、そこに感情が入りません」

「合理的に進めて行けば当然だろう。僕は憶測で事を進めはするがね。それは意図によって歪んだ情報から、真実という奴を引っ張り出す為の行為だ。今回は入り込む余地がない」


 自分が感じるこれは、怒りだ。フィオラは気を落ち着けるためにもサディが淹れてくれた紅茶を一口含む。

 カップからあがる爽やかな風味が頭をクリアにしてくれた。フィオラは確信に至る。この怒りは何に対してなのか。


「隠し事を他人から冷たく告げられるより、本人から誠意を持って伝えるべきです。その結果どうなるかは本人たちの信頼関係次第ですが、アドラーさんの方法では外から壊しにかかるようなものです」

「その程度で崩れるものはその程度という事では?」

「そのようなわけはありません。事実は事実として、気持ちや伝え方も大切な事です」


「配慮をしろと言うのかな。依頼主の気持ちを勝手に想像し、決めつけて。問題の解決、相談事の解決、真贋の鑑定。そうしたものが僕の仕事であり、今回のように結果がはっきりと出るものについては正直に伝えるべきだろう」

「そういうのは無責任というのです」


 フィオラは間髪入れずに言い切った。そう、この怒りはアドラーへのもの。ただ事実を伝えるだけで良しとしたその判断。


「無責任? この僕が?」

「そうです。結果だけ伝えてあとは知らないなどと、ルモニの賢者が聞いて呆れます。ただ調べて結果を伝えるだけなら、誰にでも出来る事です。憶測が入り込む余地がないから賢者は賢者らしい仕事をしない、そう言うおつもりなら私に挟める口はありませんが」


 そこで一旦止め、フィオラは挑むような目つきでアドラーを睨む。


「かの十傑、その末であるアドラー家の者がその程度で終わるだなんて。同じ伝説の末裔として……。いえ、違います。あなたの助手として、私がさせません」

「……あなたの助手として、と来たか。全く」


 アドラーは両手をあげて降参のポーズだ。


「それで。そこまで言うからには何か策があるのだろうね」

「はい。アドラーさんはどうにもその辺りが鈍いようですが、私に一つ考えがあります」

「ではお手並み拝見といこう」

「任せてください」


 自分の中に渦巻いていたもやもやを吐き出し終え、フィオラは更なるやる気に燃えている。

 次に何をすべきか、どう事を運ぶべきか。賢者の助手は集中し、これからについて考えを巡らせていた。

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