第34話「調査対象」

 後日、クリスタの言っていたライアー・ディアンという男を尾行するため、アドラーとフィオラは揃って彼女が指定した広場傍に陣取っていた。

 お昼を依頼人と対象が二人揃って食べ、彼女が仕事に戻るという現場である。中央寄りにいくつかある食事処や喫茶店などが集まった通りだ。


わたくし、あの人の事知っています」

「知り合いかね」

「いえ、知り合いというほどでは。杖を受け取りに行った時に、守巫屋かみふやで装具を見て貰っていた冒険者の方です。本当に冒険者かどうかはわかりませんが、長剣を背負っていたので、おそらくは」


 遠目にクリスタが去って、一人残された男が見える。長身で垂れ目な男はひとしきり手を振ったあと雑踏へ紛れた。


「本来なら尾行や聞き込みと手間のかかる調査が、知っているというだけでこんなにも早く片付いてしまうとは。一応裏取りをしなければならないが、問題ないだろう。とりあえず今日はこのまま素行調査を。おっと」


 アドラーは言いよどむ。雑踏に紛れたと思っていた男、ライアーがすぐ傍に来ている事に気付いたからだ。

 アドラーとフィオラは喫茶店の外テーブルについて、お茶を楽しむ様を演じてはいたのだが、ライアーは迷いなく二人のテーブルへと近寄って来る。


「なんだいあんたら」

「……どうも初めまして。人違いならば申し訳ないが、冒険者のライアー・ディアンさんで合っているかな?」

「おう、俺がライアーだ。ん、誰かと思えば守巫屋で会ったお嬢ちゃんじゃないか。こんな昼間から熱い視線を送って。でも男連れとは色っぽい話でもなさそうだ」


 失態だ。フィオラは一人、勝手に青ざめている。

 本来なら守護精霊アウラによる隠蔽偵察だけで確認できることだったのに、フィオラが望んでこうした尾行形態になっていた。


 誰かの尾行、という時点でわくわくしていた昨日の自分を罵りたい。


「この距離で視線に気付くとは、たいしたものだ」

「これでも銀級で前衛やってるからな。そういうあんたも、相当な感じがするけど。冒険者って感じじゃねぇか」

「これは失礼。僕はジャン・アドラーという者だ。助手からあなたの事を聞いて気になっていてね」


「んん、その名前はどっかで聞いたな。待てよ、あんたルモニの賢者か?」

「不本意ながらそう呼ばれているね」

「わかった。クリスタだろ? 何も賢者を雇わなくったって良いだろうに」

「ほう。心当たりが?」


 ライアーの理解は早かった。依頼されて調査しているという事どころか、その依頼者が誰かまで辿り着いてしまうとは。フィオラは心の中でクリスタに何度も謝った。


「王都でもやられたんだ。そんなに冒険者が嫌かねぇ。座っても良いかい?」

「どうぞ。都市部での交際において、冒険者という仕事が不利なのは間違いないだろうね。下位ならば不安定、高位ならば死の危険。銀ともなれば派遣依頼もある。そもそも君はこの街に居つく気があるのかな」


「それはわからん。だがクリスタに惚れたのは間違いないぜ」

「でも仕事は隠していたと」

「王都で失敗したからな。嘘は吐きたくないが、彼女を好きだからこそ知られたくなかった。知られたらフラれると思ってな。彼女、どう思うかな。あ、紅茶下さい」


 言いながらもライアーは店員に紅茶を頼み、次の瞬間には頭を抱えて突っ伏す。この人はどういう人なのだろうか。


「あの、そういえば守巫屋で聞いてしまったのですが。確か、王都のお孫さんに伝えに行かないといけなかったのでは」

「ん? そうだよ」

「その場合、結局この街を離れるのですよね」

「そうだけど、それは関係ないって。うまくいってれば戻って来るし、駄目ならそれまで」


 何でもない事のように語るライアーを見て、フィオラは昨日散々惚気けて来たクリスタの顔を思い出す。

 少なくとも、彼女がこの人の事を語る時は輝いて見えた。この人はどうなのだろうか。


「クリスタさんの事を本気で想っているのなら、伝えるべきです」

「まぁもうバレちゃうしなー。っていうか伝えるんだろ? 賢者さん」

「そういう依頼だからね。事実は事実として、もちろん伝えるとも」

「終わりかー。クリスタ、良い娘だったのに」


 その言い方に、フィオラが勢い良く立ち上がる。押し出した椅子が大きな音を立てたが、胸の内には何やら燃えるものがあって止まらなかった。


「何を諦めているのですか! クリスタさんの気持ちも考えてください」

「え、え?」

「誰が一番悲しむと思うのですか。少なくとも、彼女はあなたの事を想っていました。あなたが彼女を同じように想っているのなら、失わないよう行動するべきでしょう!」

「え、えーっと。フィオラ、お嬢ちゃん……?」


「それもです。ここに来た最初に、色っぽい話だとか言いましたよね。そんな軽薄な態度を出すべきではありません」

「あ、はい」

「もっと真剣に。心の内でそう思っているのだとしても、態度と行動。そして言葉で示さなければ伝わりません」

「そこまでだ助手君」


 なおもフィオラが言い募ろうとしたところで、アドラーがその口を遮る。

 横から抱えるようにフィオラを押さえ込むと、アドラーはさっさと銅貨と銀貨をテーブルへと放った。


「すまないねライアー君。うちの助手が暴走したようだ。ここの支払いはこれで。残りは好きなものでも食べてくれ」


 フィオラが不服そうに呻くも、アドラーは拘束を解くことなく。いつかのようにフィオラを抱えてその場を去るのだった。

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