第32話「杖の使い方」

 そんなフィオラの視線を遮るように、アドラーが手を出した。まるでユーの行動を見せまいとするかのような動きである。


「お嬢さん、マダムの技はあまり見ない方が良い」

「あら、どうしてでしょう」

「あれは火と水と風の複合だ。とてもじゃないが参考にはならないのさ」

「三属性、それも火と水は相性が悪いはずでは」


 複合属性は火ならば風か土の二種類しか聞いた事がなかった。

 特性が反対に近い属性を合わせるというのは難しい以前に効率が悪い。火ならば活性、水は鎮静だから魔力を分ける段階で相殺してしまうはずだった。


 水を出してから火に切り替える、なら多属性に適性がある術者なら出来るというが、それでは複合属性とは呼ばない。


「あの才能を、ちょっと掃除で便利だからお得。くらいで片づけられてはね」

「あれは、一体どのような術理を行っているのでしょう」

「おそらく、活性化でブラシを温めつつ振動させ、水をウォッシャーのように纏わせて、風による渦の維持と放出でぶつけて汚れを浮かしているのだろう。見てごらん、一撫でで焦げ目が消えた」


 マダムユーは鼻歌混じりで掃除を行っていた。その周囲に守護精霊の姿は見えない。小さいタイプなのだろうかと周囲を探しても見当たらなかった。


「守護精霊は猫型だが、シチューを仕込んでいると言っていたからね。今は鍋を見張っているのだろう」

「凄い人なのですね。ユーさんは」


「僕も最初は驚いたさ。打ちのめされたと言っても良いくらいにね。世が世なら君の伯母にも負けなかっただろうが、彼女にはその気もない。さて、あまり上を見ても気が削がれるだけだろう」

「そう、ですね。私は私に出来る事をしなければ」


 フィオラは掃除の事を頭から無理矢理外し、受け取ったばかりの杖を構える。今日はこの杖の使い方を学びに来たのだ。


「杖には術式が刻まれており、そこに魔力を流す事で効果を発揮するのが基本だ。流す量、早さ、属性の寄りで術の精度や出力は変化する。手元、握る部分からいくつかのルートパターンで術を変えるか、小石でやったように魔力操作でアクセスを変えるわけだ」


「底にある魔石の力で増幅されるとおっしゃっていましたわ」

「ふむ。攻撃時は、おそらく柄付近を持って先を対象に向けるのだろう。防御時は、穂先の膨らんだ根本、杖の中間より上あたりを握って構えると良いかもしれない」


 アドラーの推量を聞いて、店でテオのやっていた構えを思い出す。確かに盾の説明時、杖の中ほどを両手で握って胸の前に構えていた。


「とりあえずやってみよう。まずはその杖の目玉である防御。僕が当たった所で大したことのない突風を向けるから、杖を構えて受けてみて欲しい」

「わかりました」


 フィオラは足幅を少し広げ、両手で握った杖を胸前に持ってきて構える。肘を曲げて杖を両側から抑えるように力を込め、どんな衝撃が来ても取りこぼさない盾としての構えだ。


「行くよ」


 宣言と共に、アドラーの構えたステッキから何かが飛んでくる。フィオラは身構えたが、衝撃のようなものもなく、そよ風が額と脚を撫でつけた。


「ふむ。カバー範囲が狭いね。これが火矢なら火傷しているところだ。握りはそのままに、肘を伸ばして前に突き出してみては? その様子なら衝撃も殺していそうだしね」

「やってみます」


 言われた通り今度は杖を前に押し出すように構えてみる。今度は宣言なくアドラーが突風を起こしたのか、足元の布地がはためいた。


「ふむ。思ったより範囲が狭いね」

「いえ、あの。テオさんが、増幅すれば結界のように周囲を守れると」

「ほう。ファイカの力は無効化だが、増幅する力が通るのかな」

「なんでも、羽根の軸は魔力を通すそうです」


 聞いた途端、アドラーが足早にフィオラに近寄って来る。表情も、何なら姿勢も直立のまま一気に寄って来たため、フィオラは少し怖かった。


「それは本当かい? ファイカの素材に触れる事はあっても、確かにあまり実験じみた事をしようとは思わなかった。値段が値段だからね。そもそもこちらまで素材のまま流通するようなことは滅多にない品だ。これは、かの職人も相当気合を入れたかな」


 よほど興味を惹かれたのか、手をこちらに出して眼鏡を光らせている。渡せとは言われていなかったものの、フィオラはそっと杖を差し出していた。


「ほう、なるほど。軸の部分が通すならそれを利用して術式と呼応させることも可能なのか。確かに、ファイカから攻撃されたという記述も何処かで見た覚えがある。なるほど、王都は独占素材として情報を遮断しているのかもしれないね」


 杖を受け取ったアドラーは抱え込み、じっくりと持ち手や盾部分を上から下まで穴が開きそうなほど見て触って、叩いている。その食い気味の姿勢にフィオラは引いてしまう。

 しかし、ここで引き下がっていてはいつも通りだ。フィオラは気を落ち着け、息を吸い込んで溜める。


「あの!」

「ん? どうかしたかい」

「どうかしたかいではありません。何時もそうやって脱線するのですから。今日は授業を中断されては困ります」


「ふむ。まぁ構造はわかったとも。両手で構えたら、魔力を盾の少ししたあたり、この溝に流し込むように。大事なのは安定した出力だ。君なら大丈夫だろうが、ペースを守って行う事。流し込む魔力量が増減するよりは、同じ量を同じ速度で流し続ける事が大事なようだ」


 悪びれもせずアドラーは杖をフィオラへと返して来た。言われよく見れば、持ち手には術式の紋様に紛れていくつか孔が開いている。


「そよ風程度のものを広範囲に放出し続ける。自分で流し具合を調整して、効果の範囲を感覚で掴むことを目標に色々試してみたまえ」

「はい」


 アドラーの立っている方向から頬を撫でるような風が流れて来た。フィオラは再び杖を構え、その風が中心から額あたりまで消えることを確認し、先ほどの孔へ魔力を流し込む。

 じわじわと少量ずつ流す量を増やしていくと、額を撫でていた風が消えて行った。足元の風も流す魔力を増やせば消えていく。


「ファイカはそのままでも無効化する力を持っているが、こうやって軸に魔力を通す事でその効果範囲を調整していたとはね。素材としても間違いなく優秀だ。つまり、一気に大量の魔力を流せば、それだけ広範囲に盾が広がるのだろう」

「やってみます」


「今度は色をつけよう。粉塵のようなものだが、視界を遮る煙幕だ。あまりやるとマダムに怒られてしまいそうだが、効果範囲をしっかり見極めて。咄嗟に自身を覆うくらいには発動出来るように慣らして行こう」

「はい」


 こうして、フィオラが音を上げるまでアドラーたちは訓練を続けるのだった。

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