~素性調査~

第30話「仕上がり具合」

 私は悟りました。この人には任せられないと。ルモニの賢者にも見通せぬものがあるのです。

 天から見下ろし過ぎて、目線が合わないのでしょう。


 あの人は、多くの面で誰よりも優れていますが――、いくつかの面では誰よりも駄目なのです。


          ~ルモニ領主フェイゼンの孫娘フィオラ・リスレット~


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【~素性調査~】聖王暦816年、第9周期。土の週、森の日。



 第四週三日目の森の日に、金の長髪を編みこんで騎乗用ズボンを着込んだフィオラは朝早くから行動していた。

 未だ道行く人はまばらで、最初に訪ねた時よりもはるかに歩きやすい。中央職人街は他の地区より朝は早いようだが、それでも家の日に通ったような賑わいはまだなかった。


「御免下さい」


 フィオラが訪れたのは傾いた看板がそのままの小さな守巫屋かみふやである。木製の扉を軋ませながら通っても、相変わらず奥からの反応はなかった。

 いくつもの棚が並んでいる店内は薄暗く、物だらけではあったが、よく見ればこまめな手入れがされているのか埃などは被っていない。


「よぉお嬢ちゃん、爺さんは今取り込んでるんだ」

「えっと、あなたは?」


 てっきり店主の御老人テオ・バンディが出て来るものだと思っていたフィオラは、いきなり出て来た男に自然と首を傾げていた。

 顔を出したのは筋肉質な長身に垂れ目な男で、背負うように長剣を装備している事から冒険者のように思える。


「あ、俺も客なんだけどな。ちょっと装具を見て貰ってるんだ」

「そうなのですね。わたくしはフィオラ・リスレットと申します。私も、頼んでいた品を受け取りに来ただけですので、どうかお気になさらず」

「お、良いねぇ。やっぱここの爺さん凄腕なのか?」

「私はお世話になっている方の紹介で来ましたが、腕は確かだと聞いております」


 結局まともな挨拶もしていないし、冒険者らしき男は名乗ってすら来ない。フィオラとしてはどう対応すれば良いのかいまいちわからない人種だった。

 男の事は置いておいて、フィオラは奥へと進む。見れば、カウンターに座った老人テオ・バンディは腕を組んで何かに見入っていた。


 そこに居るのなら返事くらい、と思いつつ。カウンターの上に置かれていたものにフィオラの目も釘付けとなってしまった。


 カウンターの上にあったもの。おそらく守護精霊の補助を行う装具なのだろう。一抱えの卵のような形状をしたそれは、濡れたように光を反射して透き通っていた。

 ガラスか何かで出来た工芸品のような装具は、その中心に生きた魔力が通っているのか。核となる魔石が赤く瞬いて、まるで宝石を使ったランプのようである。


「あー、爺さんもう良いか?」

「……う、うむ。構わんぞ」


 冒険者の男がテオの眼前で手を振って、職人の意識をこちらへ向けさせた。テオが了承した途端、卵から炎が灯り、それが形を成すように集まって一匹の竜へと変わっていく。


「これが俺の守護精霊、火竜のドリィな」

「キュイ!」


 大きな目をぱちぱちとさせた四つ足の竜は、テテテと冒険者の脚から背中を伝って肩へと登っていった。猫ほどの大きさではあるが、それは確かに竜である。

 翼のない地竜タイプで、低い重心の大きな蜥蜴のような格好だ。赤い鱗に覆われ、頭部には黒く短い角が四つ生えている。


「で、どうだった爺さん。あんたの孫の作品は」

「……ふん、まぁまぁだな」

「あ、意地っぱりだなー。俺がそれ伝えるんだぜ? もうちょい何かないのかい」

「作品を見りゃわかる」


「やれやれ。ま、あんたの孫に頼まれた仕事は終わった。今後も何かあったら宜しく頼むぜ爺さん!」

「勝手にしやがれ」


 冒険者の男は守護精霊と共にさっさと店を出ていった。扉をくぐる時に手をあげただけの挨拶である。冒険者とはそういうものなのだろうか。

 けれど、守護精霊を常に傍に置くのはやっぱり良いな、と少しだけ思うフィオラだった。


「なんじゃお嬢さん。来とったんかい」

「あ、はい。おはようございますバンディさん」

「うむうむ。さっきの男とは育ちが違うな!」

「冒険者の方、ですよね」

「そうじゃろうな。儂もよくは知らん奴だが、帯剣しているようなのは冒険者しかおるまい」


 テオは何度か頷いて脇に置いてあった布地に包まれた棒状のものを持ち上げる。そしてフィオラに見せつけるように、カウンターの上で布地の端を握った。


「お嬢さんが待っていたのはこいつだろう!」


 勢いよく布地が引きはがされると、出て来たのは棒状のもの。長さは指先から肘ほどで、片手で扱える大きさであり、先端が菱形に広がっている。

 一言で言えば両刃の斧かスコップのような形状で、持ち手の柄頭部分が少し膨らんでいた。変わった杖というのがフィオラの第一印象である。


「お嬢さんでも扱いやすい大きさを目指した。底は重心調整のためと、ここに魔石をはめ込んで術を増幅し、穂先から放出するようになっておる。お嬢さんの求めるスタイルは中距離だが、自身の特性は近距離寄りじゃったな。そこを補う構造じゃ」


 差し出された杖を手に取って、フィオラは軽く降ってみた。確かに穂先部分が広がっているため、底の魔石がなければ遠心力に振り回されてしまいそうである。


「で、だ。ファイカの素材が一番苦労した。魔術を無効化するということは、ともすれば自身の術すら通らないからのう。先端が広がっておるじゃろ? これを盾だと捉えなさい」

「なるほど。斧のようにも見えましたが、盾なのですね」

「いんや斧でもあるぞ」

「え?」


 テオが手を差し出して来たので、フィオラは一旦杖を返した。職人はその杖、盾の部分が見えるよう胸元に構える。


「盾のイメージ通り掲げれば攻撃を防ぐ。そのままでもこちら方向の術は常に無効化し、コツは要るが増幅すれば周囲すら守る結界のように動くだろう。ただし、横方向の攻撃は防がん。自身の術を先端に通すための回避路でもあるが、同時にほれ」


 今度は幅広部分を横に振るって見せた。斧だ。

 自分は斧を振り回すような女性に見えているのだろうか。フィオラは複雑そうにその動作を見守っていた。


「あくまで保険だ。主要は盾と、先端から放出する術になる。ただ、咄嗟の時や近寄られた時にこちら側で叩いたり、剣を受けたり出来るって話だ。盾側も脆くは造ってねぇが、それより術無効に力を注いでるんでな。何より物が耐えても、お嬢さんの体格じゃ耐えられん。片手持ちだしな」

「ありがとうございます。色々と無理を言ってしまって」


 再び杖を受け取り、改めてフィオラは頭を下げる。素材を渡してからもいくつか希望を伝え、見た目よりも機能性で仕上げて貰っていた。

 丈夫な樹人の素材をメインに貴重な鉱物も使っていたはずで、本来は仕込むのに時間がかかるパーツもあったらしい。


 その時は先に注文があった品から流用したと聞いていたが、どちらにせよこちらが無理を言った形だ。


「なに、久しぶりに楽しい仕事になったわい。ファイカの羽根というのは、羽根軸だけは魔力が通るんでな。組み込み方には悩んだが、その分面白い」

「私に使いこなせるでしょうか」

「ジャン坊が教えるんなら大丈夫だろうよ。あいつの杖も、それ以上に扱いにくい部類じゃぞ。あちらは隠蔽、かつ遠距離特化の頭がおかしい注文じゃった。それも装具専門の守巫屋に頼むとはどうかしておる」


「きっと、それだけ腕前を信用しての事だったのですね」

「ふん。まぁお嬢さん。やわな品に仕上げちゃいねぇが、なるべく壊すなよ!」

「はい。この杖に見合う魔術師になれるよう、精進します」


 ここから魔術師フィオラ・リスレットとしての修練が本格的に始まる。手にした真新しい杖を握り、今日の授業に向けて気合を入れるフィオラであった。

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