第29話「承諾?」

 いつもの事務所にアドラーたちは帰り着いていた。

 巡邏隊による大規模な捕縛を見届けたあと、いくつかの雑務を手伝い、今はサディの淹れたコーヒーで一息ついている。


「それにしても、行政は表立って動けないからこそアドラーさんの出番だったはずなのに。どうして捕り物は巡邏を中心に行ったのですか?」

「規模が大き過ぎたのさ。混ぜ物ブロックは広がり過ぎていた。あの地図は魔術書のようなもので、時間別の情報すら映し出す。書き込んだものではなく、現地の術式が観測したものを浮かび上がらせるような仕組みなんだが」


「そんなに凄いものだったのですね。道理で、アドラーさんにしては地図一枚に時間をかけていると思いました」

「混ぜ物のない、元からあった木炭の流通ルートは僕の方に知識としてあったからね。それと地図から得た混ぜ物の広がり具合を比べて、いくつか生産施設のありそうな場所に見当をつけたわけだが。短時間でこれだけ広げられる規模ならば、労働力の人数も作業場の広さも相当なものだと考えられた」


 アドラーは珍しく自分の椅子、窓際のものに座って外を眺めていた。夕闇が近付いてきた空は少しだけ赤に染まって来ている。


「そうなると、どう力を使っても僕一人で施設をおさえるには無理がある。で、あるならば策を講じるというほどではないが、手を打っておかなければならなかった。行政は動けないという前提はあれど、実動で手を借りなければ達成は不可能。そうなれば前提をひっくり返すしかないわけだ」

「前提をひっくり返すのが私というわけですね!」


 大声をあげたのは来客用ソファで原稿に向かっている作家、エレナだ。軽く約束してしまった取材のためか、彼女はアドラーたちと共に事務所へやってきて書き物をしている。

 そのためかサディは座らず給仕に徹していて、フィオラはエレナの対面となっていた。彼女は積まれた紙束をいくつか並べ、何やらメモ書きのようにペンを走らせている。


「そう。幸い、今回の件は明確な悪が居て。そのまま伝えても基本的には問題のない内容だったからね。それでも、普段から不満を持つ者や利用しようという者からすれば、悪意ある曲げ方をされてしまうかもしれない。だからこそ、巡邏は動けなかったわけだが。まぁ僕らはそのための犠牲になったというわけさ」


「犠牲に?」

「今回は致し方なく。ルモニの賢者とその助手というワードで引っ張るしかない。いくら女史でも、巡邏隊が摘発を行ったという話では暗い噂は断ち切れないからね。君が唸っている間にアウラを飛ばしたというわけだ」

「フィオラお嬢様、承諾してくださってありがとうございます。素晴らしいネタです。これは楽しくなってきましたよ!」


 犠牲に承諾とは一体何の話なのか。フィオラは寝耳に水のその言葉たちに、アドラーとエレナを見比べる。


「えっと。どういうことでしょうかアドラーさん」

「そのままの意味さ。僕らが前面に出なければ、この件はおさまらない」

「はい。飛ばし記事は今やってますが、シリーズ化して話題をかっさらいましょう。ぐふふ、最高」

「待って下さい。承諾というのならきちんと」

「とまぁお嬢さん」


 戸惑うフィオラがそれ以上突っ込まないようになのか、アドラーが被せるように大きめの声をあげて来た。椅子も回転させてフィオラへと向いている。


「今回のように明確な悪意があれば物事は簡単だ。君が将来どういう立場になるかはわからないが、覚えておきたまえ。わかりやすい悪意がない問題こそ、どう決断するかが重要だとね。全てを丸く収める奇跡のような解決法なんてものはない。その中で最善を探す事が、上に立つ者の責務だよ」


「上に、立つ気はありませんが」

「そう言っていられる立場でもないだろう。今回の件で、悪意が介入せず上が何かを間違えて、下の不満が爆発していた場合君ならどうするのか。あの時役所で出せなかった答えを探しておくと良い」


 そう言われてはフィオラも追求をやめて考えるしかない。

 あの時、アドラーがにやにやと話を続けるまで、正しい行為というものを見失い、どうすれば良いのかが全くわからなかった。


「……私には、わかりません。先ほども、どうすれば良いのかわからずに止まってしまっていました」

「そう簡単にこうすれば良いと言える問題ではないからこそ難しいのさ。常に考え続けて、足掻き続けるしかない。なに、何事も訓練だとも。今日のような事件は良いきっかけになっただろう。重要なのは思考停止しないことさ」


「良いですね師弟関係! はぁ~、いきなりアウラが飛んで来た時は安眠妨害して来てイラっとしましたけど。これは良い。フィオラお嬢様、もう少し書けたら取材させてもらいますよ!」

「それは、構いませんが。えっと、アドラーさん何処まで話して良いのでしょうか」

「構わないよ。彼女は文字通り信用するに足る人物だとも。表に出せない部分はあとで指摘も出来るからね」


 フィオラはちらりとサディの方を見てしまう。エレナは出会いについても聞きたいと現場傍で言っていた。そうなると、最初の事件についても話さなくてはならないだろう。

 影の王の現在についても話して良いのだろうか。フィオラは勝手に、何を話すか話さないのかアドラーに試されているのではと不安になって来た。この人は意地悪だから、その可能性もある。


「それにしても、あまりにも向こうの手際が良過ぎる。まるではじめから襲撃される予定だったかのように、黒幕に繋がる証拠がない。洗いざらい、手掛かりになりそうなものが撤収されていた。先日、僕らが雑務を行った密輸の捕り物も似たようなものだったらしい」

「そんな。では、前回も今回も主導者は捕まって居ないのですか」

「現場を取り仕切っていた人間は一応捕縛されたらしいが、資金の引き上げ先は知らないようだ。まぁ灰集めで保管していたものと成分の一致が見られた以上、解決は解決ではあるのだがね」


 密輸の件も、王都からのルートと北からのルートを巻き込んだ大きなものだった。今回も規模だけは大きい。

 内容は露見しやすく、露骨な資金集めに見えて用意周到という感じはしなかったが。


「西の王、かもしれないね」


 アドラーがコーヒーを片手に放ったその言葉を、この時のフィオラは何処か他人事のように聞いていた。



【~ルモニの燃料事情~】了

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