第28話「解決方法」
「タイトルは『正義の鉄槌、下される!』でどうですかね。下町の生命線、成形燃料と呼ばれるブロック問題と、それを利用する悪党へついに捜査の手が伸びた。巡邏がうまく立ち入れない状況の中、この事態を苦慮し動いたのは名高きルモニの賢者とその助手だ。なんとその助手は我らが領主、フェイゼン様の孫娘フィオラ・リスレット様だった!」
興奮気味にペンを走らせる女性、エレナ・ドイートは茶色の巻き毛を上下に揺らしながら、眼下で行われていた摘発の様子を食い入るように見入っていた。
フィオラとエレナは隣家三階のバルコニーから、今回の偽木炭ブロック製作所と思わしき現場を見下ろしている。
「あの、その物言いはやめて欲しいのですが」
「何を言うんですかフィオラお嬢様。こんなに美味しいネタはないでしょう。正義に立ち上がったのが領主様の孫娘。それが歳の離れたルモニの賢者の助手となって活躍していたとは!」
下では巡邏隊が隊列を組み、大きな平屋住居を包囲していた。アドラーが地図を元に導き出した現場は、いまや軽い戦場である。
巡邏は革の軽装備に、長尺の杖を棒術の構えで振り回しながら抵抗者の飛ばす魔術を棒で受けては地面に流していた。
巡邏隊の手慣れた実戦魔術への対処はフィオラとしても興味深い。棒術についても学んでみようかとすら思わせるほど訓練された連携は美しかった。
「やー、始まりましたね」
「エレナさんは現場に行かなくても宜しいのですか?」
「私荒事はちょっと。腰が引けちゃうんで、本の中で十分ですよ。ところでフィオラお嬢様? この後お時間ありますか!」
「え、ええ。アドラーさんから何かあれば難しいですが、何もなければ」
「約束ですよ。是非取材させてください。これまでの事件とか、お二人の出会いとか!」
鼻息荒く言い募るエレナに、フィオラは若干引き気味である。話しながらもエレナは丸眼鏡を光らせてペンを走らせたままだ。その動きは止まらない。
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結局のところ、フィオラの危惧したような事態にはならなかった。
どうすれば良いのかが選べず頭が真っ白になっていたフィオラを、ひとしきり楽しんだアドラーはにやにやしながら続けたのである。
「さて、この偽物について役所はもちろん知っていたわけだが。そうやって不満をそらしつつ、少しずつ馴染ませる。そのために見て見ぬふりをしてきたものだ。段階的に移行するための必要悪のようなものだね」
アドラーが例の木炭ブロックを取りだして手の上でくるくると回し始めた。よくやるアドラーの手遊びではあるが、魔力訓練を始めたフィオラにはその行為が遠く感じられる。
あんなに気軽に、それこそ手遊びレベルで自在に動かせるようになるのは、一体何年先の話になるだろうか。
「重要なのはね。そうやって、言うなれば見逃され下々の生活を守って来たこの偽のブロックが、どうしてマダムのような中流階級にまで流れてきたのかだよ」
「意図的に広めていなかった、ということですか?」
「そうなるね。目につくほど広まれば上は面子にかけて黙っているわけにはいかないし、下からしても益がない。広めた所で、どちらにも利益がない」
アドラーは手遊びをやめ、地図を仕舞って立ち上がった。
「そこで思い出して欲しい。灰集めの場所で職人が言っていた事を」
「確か不純物増加は大口にはないというのと、最近混ぜ物が増えたから抽出して保管してあるというお話でした」
「そうだね。先の君の推察通り、これを一から作り上げて売っても当然利益にはならない。紋様は行政の目を誤魔化すためであり、買い手は中身がただの木炭だと承知のうえで購入してきた。なのに、最近混ぜ物が増えて中流階級まで広まって来た」
優雅な歩みでフィオラの前までやってきたアドラーは語る。相変わらず辿り着いておいて勿体ぶって、きっと心底楽しんでいるのだろう。
意地悪な人だ、とフィオラは何度目かの感想を抱いた。
「では、少し視点を変えてみよう。これを一から作っても利益にはならないが、既にある偽物を混ぜ物で嵩増しして。行政お墨付きと偽って売ったらどうかな」
「まさか」
「今回の件は、はじめに君が言った利益を求めての事で正解だったのさ。それも、行政がそうした理由で動けないという所に目を付けての行為だ。悪辣極まりない。情報を集めても動けなかった黒騎士や役所はどう思っていた事か」
「許し難い行為です」
「だからこそ、ここまでの地図を出してきた。そして、我々はこの件を見事に解決してみせなければならない。禍根を残さず、かつそれまでの偽ブロック流通を脅かさない程度に」
フィオラの中で怒りの炎が燃えていた。これは明らかにお爺様含む行政への敵対行為であると。行いの隙をつくような、動けない行政を嘲笑うかのような、自らの利益だけを求めた所業。
自身の価値観では到底許されない行為である。けれど、どうすればうまく解決することが出来るのか。その手段が、フィオラには見えなかった。
そんな沈黙を突き破るように、部屋の扉が勢いよく開け放たれる。沈黙のみならず扉すら突き破るかのように入って来たのは丸眼鏡をかけた小柄な女性だった。
「はいどうもー、今回の記事を任されたエレナ・ドイートです」
「どうもドイート女史。多忙なところ申し訳ないね」
「はじめまして、フィオラ・リスレットです。あの、アドラーさんこの方は?」
「彼女はドイート女史。文化教授にして、僕やアナが認める作家様だよ。今回の件を解決するために呼んだ優秀な人だ」
今回の解決のため呼ばれた人物。そう言われてもフィオラにはよくわからなかった。一体、この女性がどう解決してくれるのだろうか。
「いやいや賢者さん止めてください。私はただの緩衝材ですよ。あるいはガス抜き。もしくは意識逸らし。何事も何事も、そのままその通り伝えれば良いというわけではありませんからね。面白おかしく脚色しなければそもそも読まれませんし」
「面白おかしく?」
「はい。情報というものは人の手が加わる以上、フラットにしようとしても無理な話です。それを意図的に行うのか、バイアスをかけて曲げるのか。その辺はまぁ立場やら捉え方によって違うでしょう。要は喧伝、伝え方で印象は違うものです。今回は悪いように伝わる前に、活劇にしてしまおうという話ですよね」
活劇にする。フィオラの脳裏に浮かぶのは、アドラーと関わる事になった最初の事件の事だ。
影の王について、日々活躍するも誰にも知られていない彼女の事を語った演目。
例えそれが実物のサディとは違ったものだとしても。多くの人に知られ語られて行くというのを、モデルとなった彼女は少し嬉しそうに聞いていたのを思い出す。
「というわけで、聞かせてもらいましょう。リスレットということは、もしかしてもしかすると領主様の」
「いや、その時間はない。割り出し、調査、手配。この件は君の見守る中、大規模な捕り物となるだろうから、巡邏と連携する必要がある」
そこからは怒涛の勢いで役所の人員やら巡邏隊が集まっての作戦会議となっていった。フィオラとエレナは端に寄せられ、実動の輪に加わることもない。
よほど役所としても気にしていた問題なのか、多くの人を動員して事態は動いていくのだった。
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