第27話「相応の理由」
フィオラは室内を歩きながら、ひとまず疑問に思ったことをあげていくことにする。さっきのヒントに辿り着くには整理しなければ辿り着けない気がしたのだ。
何事も先人に
「それにしても。その地図だけなら、わざわざそんな要職の方をお呼びしなくても」
「地図だからね。君の立場だとあまりピンと来ないかもしれないが、地図というのは情報の塊だ。都市部のものだろうと地域図だろうと、許可なくそれを得ようと動けばそれだけで捕まってしまう。彼が使う地図はその中でも最上の部類だろう。役所の人間さえ知らないほどのね」
「あんな態度でしたのに、そこまでのものを託してくれたのですね」
「それだけデリケートな問題だからさ。この門外不出の地図を対価として渡してでも、うまくやって欲しいという事だ」
「対価、なのですか」
ちらりと横から見れば、地図には路地や水路と家々の配置が精密に描かれていた。
考えてみれば自分が普段通らない道や地域についてはぼんやりとしか覚えがない。正確な路地や家の位置なんて、使う道だろうとわからなかった。
「でなければ、あの男が地図を置いて帰るわけがない。読み終わるまで居座って回収するか、一瞥した瞬間覚えたなとのたまって地図ごと燃やしていただろうね。あの男はそういう気質のものだ」
「静かなように見えて乱暴なのですね」
「いいや、あれはただ頭が固いだけだとも。それだけ情報管理において厳しく捉えているという事でもある。流石、あの領主様の配下だよ全く。そして厳格だからこそ今回の件は僕らの出番というわけだ」
結局そこに行きつく話なのか。そこまで厳格にも関わらず、地図を託すほどのデリケートで、かつ厳格だからこそ手を出せない問題。
そういえば、とフィオラはもう一つ疑問に思っていたことを思い出した。
「先ほど疑問に思ったのですが、消耗品である木炭ブロックを模倣する手間を考えると。どうしても、宝飾品などを模造した方が利益は出る気がしたのですが」
「そうだね。ではどうして、そうまでして木炭ブロックをつくるのかな」
利益になりにくい木炭ブロックをつくる理由。しかも行政が主導しているとすれば、これまた見つかればただでは済まないはずだ。
人はどんな理由があって危険をおかすのだろう。フィオラはその第一候補に利益を考えたが、今回それは当てはまらないのか。
「利益が目的でなく、行政はわかったうえで動かない。行政が主導というお話でしたが、その前までは違ったのですよね」
「そうだね。それまでは従来通り、ただの薪や木炭だった。近年、南部貿易が拓けた事で外洋船の需要が増して。森林資源の見直しがなされ、薪のように一年乾かす手間も省いた木炭ブロックというものが開発されたわけだ」
「それは、良いことですよね。え、薪って一年も乾かすものなのですか?」
「基本的には。春や夏、水分を吸ったものだともっとかかる。そもそも大量の薪を用意するのも、置いておくのも結構な手間だ。それを行政管轄でまとめて行い、術者が一気に水分を抽出して乾燥させ成形し、さらに燃料効率も持続性もあげて術式を刻み込む」
ブロック状にして術を刻んだだけではなく、木材から水分を抜くのにも術者が関わっているとは、思っていた以上に手間をかけた品だ。
「それは、消耗品にかけて良い手間なのでしょうか。火力の求められる工房や軍用品で携行性のためなどの理由ではなく、市井の生活のためのものですよね」
「工房用のものは用途に合わせて術式も変えていたはずだが、基本的には同じ生産ラインだね」
行政の主導で、そんな手間をかけた物に移行する。例えそれが良い品で、前より火力の安定や諸々の品質が良いものだとしても。
「それは、つまり上の都合で従来品から移行させられたという事でしょうか。だとすれば、この件の取り締まりに行政側が動けないのも頷けます」
「素晴らしい。前回より辿り着くのが遅くはあったが、それでもその視点は君の立場では元来得難いものだろう。察しの通り、木炭ブロックは庶民からすればお上の都合のものだ」
「先ほどのヒントはそれですね。行政が手間をかけ、森林資源の管理のためにも導入した以上、従来品を使う者を放置するわけにはいきません。厳格なお爺様なら罰則もあるでしょう」
「だから形を模す必要があるわけだ」
偽物の精巧さは買い手を騙して利益を得るためではなく、行政のチェックを誤魔化すためのもの。実際の取引値まではわからないが、行政公認のものよりきっとそれは安く出回っているのだろう。
「生活に必要だから生まれた、利益を無視したものだったのですね」
「税金を使ってはいても、どうしたって単価は上がるものだ。燃焼時間を考えれば妥当な値上がりとは言え、ブロック単位で見れば大きく違う。その一時のお金があれば、マダムのように時間単位で見て納得して受け入れ、やがて浸透していくものだが」
「その余裕がない所からすれば不満でしょうね」
「そのための偽物だったわけだね。さて、なら行政が動かない理由もわかるね」
「もちろんです。そんな流れで生まれた、彼らにとっての生命線を。行政が表からお取り潰しなんてことになれば、当然……」
そこまで考えて、フィオラははたと気付いた。だとすれば、その件を任された自分たちは一体何をするのだろうか。
「待ってくださいアドラーさん。もしかして、そういう事ですか」
「そういう事だね」
「今回の件は、私達がそれをすると」
「そうとも」
にべもなく言い放つアドラーに、フィオラは唖然としてしまった。
自分たちや行政の仕事が正義の執行だとは言わないが、それにしても今回それをしてしまうのは正しい事なのだろうか。
正しい事、自分はそれを求めて来たはずだ。憧れた英雄も尊敬するお爺様も、それを成して来たはずで、今回の事も木炭ブロックが良い品なのは間違いない。
そうだとして、変化に追いつけない弱者を切り捨てるというのはどうなのだろう。フィオラは答えの出ない問いに固まってしまっていた。
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