第26話「掃除人」

 役所の一室で対面した煙突掃除人は黒い革製の外套を着込み、フードまで被っていた。座る事もなく立ったままで、表情をうかがい知ることも出来ない。

 その威圧感は、この間事務所を襲った大男とは違う静かな重みのようなものがあった。それと、心なしか姿が霞んでいるようにフィオラには見える。


「ふむ。ネブラの展開は控えてもらいたいものだ」

「ふん、警戒されて然るべきだろう梟使い」

「煙突掃除人が害のない一般人にここまで攻撃的だったとは、この僕も知らなかったとも」

「白々しい奴だ」

「あの、お二人はお知り合いなのでしょうか」


 今にも衝突しそうな二人に、フィオラは声をあげた。ノティアファミリーの時みたいに突然窓から脱出されてはかなわない。

 そんな心配をよそに、フィオラの介入のおかげか二人の雰囲気は和らいだ。


「君は煙突掃除人と聞くと、どんな人物をイメージするかな?」

「どちらかと言うと、職人さんという感じでしょうか。なかなかの重労働だと聞いた事があります」


 フィオラは何かで読んだ本の事を思い出す。あれは田舎の暮らしについて書かれた本だっただろうか。

 守護精霊を万全に扱えない田舎に立派な暖炉は少ないが、その分専門の掃除人が居ないだとか。


 子供を縄で引っ張り上げて中を掃除する様子を、信じられないというような口調で細かく描写していた。

 そのせいか、都市部は違うとは思いつつも重労働を行う職人というイメージがついている。


「煙突掃除と聞くと、ただの掃除人と考えてしまいがちだが。その実、多くの家。特に権力を持つ貴族や商家に出入りする事から、行政が人物鑑定を行ったしかるべき人物しかその資格を得ることが出来ない要職だ」

「ふん、何処まで説明する気だ」

「なに、彼女はフィオラ・リスレット。いずれ知ることになる立場だとも」

「ほう」


 掃除人に目を向けられ、何とも居心地が悪かった。フィオラとしては立場で見られると、どうしても自分でないような、別物として見られているかのような嫌な気分が入ってしまう。


「いいかねお嬢さん。行政の選んだ、何処へも入る事が出来る掃除人というのは。ほとんどが情報提供者であり、各勢力へのスパイであり、工作員であるのだよ。特に、黒騎士とまで呼ばれる彼は優秀な戦闘員でもある」

「ふん、優秀ねぇ」


「それで、今回の木炭ブロックについて。優秀な黒騎士殿は把握しているのかな?」

「それはそうだ。俺の管轄で異変を感じないはずがない。当然、上もそれは把握している。把握したうえで動かない」

「なるほど。まぁ予想はしていた事だが、今回もそういう事になるのかな」

「またですかアドラーさん」


 思わずフィオラは口を挟んでいた。脳裏に浮かぶのは資料を読み続けた四日前の捜査のこと。

 あれから一週間も経って居ないというのに、また手伝うだけ手伝って功績を持っていかれるのだろうか。


「だから言っただろうお嬢さん。ルモニの賢者などという称号は、ただの小間使いには過ぎたものだとね。実体はこんなものなのさ」

「ふん、白々しい。上の事情は今更俺が話さなくてもわかっているんだろう? うまくやれ。俺は行くぞ」


 煙突掃除人は、外套の下から折りたたまれた地図を取りだしてアドラーへと放り投げた。どうやら本当にこの間と同様自分たちが雑務を担当するらしい。

 黙って出ていく掃除人を見ても、もはやフィオラは何も感じなかった。挨拶云々よりも、二連続で雑務を任される事態に辟易である。


 役所に対して良くないイメージがつきそうなフィオラだった。


「そう落ち込む事はない。前回も言ったが、そうじゃない依頼だろうと助手の仕事がこちら寄りなのは間違いない。それに、今回は相応の理由もある」

「つまり前回は理由なく雑務を回されたわけですね」


「その通り。前回の雑務は、もちろんそれなりの教養があれば情報を結び付けられるという前提はあれど、時間をかければ誰でも到達できる類のものだった。その中で、相手組織が勘付いて手を引く前に解を導く必要があったという事情と、僕らの早めに素材が欲しいという利害が一致したという話だね」


 そう言うアドラーは受け取った地図を眺めている。今回の資料はどうやらそれだけのようだ。前回のように大量の資料を調べる必要はないらしい。

 あの時はフィオラの杖のためでもあったが、助手の仕事がそうした雑務メインになるのは仕方のない事だとはその時にも言われていた。


「ではその調子で。今回の、相応の理由についても考えてみると良い。それと、一つヒントを。このブロックの買い手は基本的に偽物と承知で買っていたはずだ」

「待ってください。雑務が助手の仕事なのでは」

「そうは言っても資料はこの地図だけだし、魔術の授業は流れてしまったしね。今日は助手の訓練といこう。僕の助手を務めようというのなら、こうした問いかけにも慣れてもらうよ」


 また勝手なことを。雑務のために気持ちを切り替えていたフィオラは水を差されたような気分である。

 しかし唯一の雑務をアドラーがやっている以上することもなく。かつ、ヒントの買い手は承知で買うという点が気になって、結局言われた通り考えるしかないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る