~ルモニの燃料事情~

第23話「初歩的な訓練」


 物事の解決というのは、わたくしが思っていた以上に難しい事なのだと知りました。原因を解明し、どうしてそうなったのかを調べ。どうすれば良いのかを見出したとしても。


 その先が、私には選べなかったのです。


          ~ルモニ領主フェイゼンの孫娘フィオラ・リスレット~


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【~ルモニの燃料事情~】聖王暦816年、第9周期。土の週、薪の日。


 週初めの忙しい昼下がり。もはや当たり前のようにフィオラ・リスレットはアドラーの事務所を訪れていた。少しの雑談とサディの淹れたコーヒーを楽しみ、中庭に出て魔術の授業を受ける。


 中庭は中央に井戸があり、その周囲を囲むように建物がある古い造りになっていた。今では煉瓦造りが多いとは言え、古くは要塞として戦火にさらされる事も多く、一定区画にこうした水場がある。

 近年拡張された上下水道のおかげで井戸の出番は少なくなったものの、それでも先日ノティアファミリーが放った火を消すのに役立った。


「さて、前にも話したように君は魔力の繊細な扱いには長けているようだ。魔力量は地道に上げるしかないとして、杖を使った瞬発的な訓練も仕上がり待ち。というわけで、今日は杖なしに初歩的な魔術訓練を行おうと思う」

「よろしくお願いします」


 フィオラはスカートではなく騎乗用のズボンを履き、金の髪を編みこんで運動しやすい格好をしている。気合も十分に、対面するアドラーと向かい合う。


「まず自分の属性だけでなく、満遍なく初歩を学ぶ。これは自分の得手不得手を確認するという意味もあるが、いざ敵対者がそうした術者だった場合にそれを見抜き、特性を知って対処することが出来るようにだね」

「火、水、風、土の全てですか」


「いいや? 複合も含めてになるね。少なくともアドラー家ではそうする。流派によっては時間効率を優先し、特性を見てメインとサブの属性しか鍛えない事が多い。ただ、そうすると先にここで暴れた男たちのように限定的な運用しか出来ないうえ、相手の出方も予測できない事になる」


「予測できないという事は対処も出来ないという事ですね」

「そう。出来たとしても一歩遅れてしまう。まぁ初手で相手を無力化出来るのが理想だが、そうはならないから戦闘になるわけだ。この点、わかりにくい攻撃というのは一定の価値があるわけだが、今は置いておこう」


 話しながら、アドラーは立っているフィオラの周囲にステッキで円を描く。地面に三重の円を描き、フィオラの立っている内円、それを覆う中円と外円に一つずつ小石を置いた。


「では、そのまま石には触れず。足元の石と外円の石を高熱にしてごらん。ただし、真ん中の石に熱が伝わっては駄目だ」

「……あの、いきなり難しい気がするのですが」


「出来なくても良いさ。今どのくらいなのかを見るためでもある。基本的に杖などの補助具なしで対象に働きかける時、魔力の伝達は身体からの延長だ。手前の小石や全ての石を温めるのは簡単でも、熱の範囲制限は難しい」


「何かコツなどは」

「直に繋げて熱コントロールに力を割くか、魔力の動線を迂回させて個別に接続するか。最終的にはどちらでも出来るようにするとはいえ、今はやりやすい方でやってみると良い」


 フィオラはとりあえず前者、魔力を三つの小石に繋げて加熱の制御でやってみることにした。集中し、自身の中にある循環する力を練り上げて溜める。

 それを足元から伸ばし、三つある小石を全て覆ってから熱が上がるよう働きかけた。


「これは火系統の加熱ヒーティング防熱イグニプラシオの訓練だ。発火はさせないようにね」


 アドラーが何か言っているが、フィオラに聞いている余裕はない。熱の魔力操作は自分に合っていると思っていたが、予想以上に真ん中の防熱が難しかった。

 今度はアプローチを変えてみる。足元からの魔力を二つにわけ、左から手前と奥を覆って加熱を。右から真ん中だけを覆って熱の維持を行ってみた。


「そのままあと三十秒続けて」

「……はい」


 集中し、魔力が途切れないように送り続け維持する。たった三十秒がとても長く感じられ、フィオラの額に薄らと汗が浮かんでいた。

 練り上げた魔力と送り出す魔力の比率が悪いのか、どんどん体内で溜めていた魔力が減っていくのがわかる。


「よろしい。たいしたものだ」

「はぁ、はぁ……。ここまで負担のあるものだとは」

「いやいや、上出来だとも。自信を持って良い」

「え?」


 アドラーが素直に褒めてきた事にフィオラは驚いた。

 しかし、だいたいは何か皮肉や警句がつくか、手のひらを返したかのような指摘が続くので油断は出来ない。


「魔力は血流によって循環し、均一に身体を満たしている。それを留めて溜める事で外へと放出出来るようにするわけだが。心臓を起点にしている事と、人が手先を器用とする生き物からか、足元の魔力を操作するのはとても難しい事なのだよ」


「確かに普段行っていた加熱より難しく感じました。いつもは手を対象物にかざして行っていたから、勝手が違うのは当然なのですね」

「そうとも。後者の手段を取ったのは何故だい?」

「それは、その。繊細な魔力操作と仰って頂けていたので、出来ると思ったのですが。思った以上に調整が難しく。後者の方が合理的に感じたのです」


「なるほど。前者は、要は離れた所にピンポイントで術を発動させるのが得意か、熱操作に長けた人間がやりやすいもので。後者は熱との親和性以上に、魔力操作が得意な人間がしやすい方法だ」


 話しながら、小石三つが風に舞う。アドラーの風魔術だ。フィオラから見ればアドラーは離れているというのに、その小石は縦に重なるように整列していく。


「僕は前者でね。遠距離の操作精度が高いので、複雑な術でも離れた位置から発動しやすい。後者はインファイト向きだ。近距離戦でお互いの魔力が干渉しても操作し切る強さを持っている」

「インファイト、ですか」

「不服そうだね」


 インファイトと言われても、フィオラとしては困ってしまった。

 自分のイメージとしては、少し離れた所から冷静に対処していくのが魔術師である。はじめて見た時から、アドラーの戦闘スタイルを目指したいと思っていた。


「その強さは瞬発力に繋がるものだ。僕よりも魔術戦闘においては適しているという事だとも。僕は正確さしかないからこそ事前準備に重きを置いているが、君は見て動くだけで成せるだけの力があるのさ」


「何だか、猪突猛進と言われているように感じるのですが」

「それは純粋な強さだろう。君が求めている実戦的なね。もちろん、きちんと鍛えればではあるが。とりあえず魔力操作を伸ばすのは決まりだとして、他の属性に対する現状も把握しておくとしよう」


 アドラーがそう言って、三つの小石を地面に落とした時。何かが破裂するような衝撃音が中庭に鳴り響いた。

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