第24話「木炭ブロック」

 いきなりの音にフィオラは思わず固まってしまう。まさか先日のような襲撃者でも来たのだろうか。

 そう思って周囲を警戒するも、何者かが追撃をしかけてくるような事は――、再びの破裂音。今度は連続したものが響いた。


「ふむ。おそらく爆跳ばくちょうだね」

「ばく、ちょう?」

「炭内部のガスや水蒸気が加熱によって膨張し、炭自体を破裂させる事だよ。一昔前は珍しくもなかったが、さて。怪我がなければ良いのだが」


 言いながら、アドラーは事務所とは反対の建物へと向かっていく。フィオラはひとまず人為的な攻撃ではない事に安堵し、乱れた髪を整えてから後を追った。


 建造物の多くは住居であり、必ずと言っていいほど中庭への裏口がついている。古くは朝の身支度や水仕事前に住民が集まり、水を汲み上げてはお喋りをするような場所だった。

 アドラーは事務所の対角となる位置にあった裏口まで行って、強めにその扉を叩きながら大声をあげる。


「マダム、大丈夫ですか! マダム!」

「あらまアドラーさん? 丁度良い所に。酷いのよこれ、見て」

「マダム落ち着いて。入っても大丈夫ですか」

「どうぞどうぞ」


 中から返って来た何ともマイペースな返答にフィオラはホッとしたような、それはそれで不安なような、何とも言えない気分となった。

 アドラーは慣れているのか、何でもないように裏口の扉を開いて中へと入っていく。きっと長い付き合いなのだろう。


「アドラーさん、ほら見て。凄い煤。ぼこぼこよ」

「ああ、これは確かに酷い。珍しいですね、マダムが調整ミスとは」


 裏口を入ってすぐに広い部屋があり、そこの一際大きい暖炉の前で年配の女性が何やら作業をしていた。

 見れば暖炉前、石敷を延長した足場のようなスペースに、砕け散った炭片が散らばっていて周囲が煤だらけとなっている。


「あー、違う違う。何だか炭が変なのよ、本当に」

「ふむ。何時もと違うものを? マダム、爆跳で怪我はしませんでしたか?」

「大丈夫よ。すごく元気。ありがと」


 振り返って力こぶをつくって見せる女性は、ほっそりとして白髪が目立っては居るが、頬に煤をつけたままのせいか若々しく見える。

 そんな彼女も振り返った事でフィオラに気付いたのか、目を見開いて手にしていた火かき棒を放り出した。


「あら、私としたことが。アドラーさんで気づかなかったわ。お客様?」

「彼女はフィオラ。助手見習いの生徒ですよ」

「はじめまして。フィオラ・リスレットと申します」

「まぁまぁ、リスレットという事は領主様の?」

「はい。フェイゼン・リスレットの孫にあたります」

「私はユー・ハングマサ。ただのおばちゃんよ。それにしても領主様のお孫さんだなんて」


 ユーは嬉しそうに言いながら、フィオラへと両手を広げて近寄って来る。危ない。フィオラはつい身構えてしまった。

 何故ならユーの前掛けエプロンも両手も、煤で真っ黒である。いくら運動用の服装とはいえ、このまま握手、ないしハグをされてはこちらも真っ黒だ。


「マダム、真っ黒ですよ」

「そうだった。危なかったわぁ」


 アドラーの進言にユーはピタリと止まる。そして何事もなかったかのように、床に放り出した火かき棒を拾いなおして作業に戻ってしまった。


「とにかくね。いつもならこんな事はないのに。安物掴まされちゃったかしら」

「ふむ。その炭、見せてもらっても?」

「いいよ。まだ入れてないのがそっちにあるから、好きに見て」


 ユーは後片付けを優先しているし、アドラーは勝手に隅にまとめられていた木炭を物色し始めている。

 フィオラは蚊帳の外ではあったが、既にアドラーがそういう行動をするのに慣れて来ていた。


 こういう時は別に無視されているわけではない。説明の優先順位が低いだけなので、こちらから近寄れば良いのだ。


「わかるのですか?」

「まぁ、稀に真贋の依頼もあるからね」


 アドラーは屈み込み、袋に入っていた木炭ブロックを取りだして色々な角度から見ている。

 木炭ブロックと呼ばれる真四角に成形された炭は、フィオラも屋敷で紅茶を貰いに行った時に見た事があった。


「紋様は刻んであるが、これは偽物だね」

「木炭ブロックの、偽物?」

「そうとも。ただの薪や木炭では燃料効率が悪い事と。質の悪い燃料は煤や、それこそ爆跳などで設備を痛める事から、行政の主導で今出回っている木炭ブロックは全て火の魔術師と精霊が手を加えて成形しなおしたものだ」


 手のひら大の四角い炭、その表面に刻まれた紋様をアドラーは指でなぞる。ぐいっと少し強く押しただけで、その彫り込みが僅かにへこんでいた。

 魔術の効果がついていれば、こんな簡単に変形することはない。それは以前世話になった家庭教師の術者も言っていた。


「やっぱ偽物かー。ちょっと安かったから気にはなったんだけどね。まぁ仕方ない。爆跳もゆっくり温めれば何とかなるし、使い切らないと勿体ない」

「え。騙されたというのに、それで宜しいのですか?」


「ははは、このくらいでいちいち文句言ってもしょうがないって。そんな暇もないし。今日は週初めだよ? 貴族さんはわからないけど、庶民は生きるのに精一杯だって。それに、わからなくはないしね。さて、今日のパン窯は並びそうかな」


 何でもない事のように言いながら、ユーは大鍋を暖炉前に運ぶ。それから火かき棒で暖炉内から高熱となった木炭ブロックを出しては並べ、その上に来るよう暖炉脇の自在鉤を引っ張り出した。


「マダム、このブロックをいくつか貰っても良いかな。もちろん相応のお金は出しますから」

「良いって。アドラーさん、調べてくれる気なんでしょう? 調査費用なんて出せないけど、そのくらいはさ。でもごっそり持っていくのはやめてね」

「それはもちろん」


 アドラーは二つほどブロックを手にし、さっさと出て行こうとする。フィオラは慌てて、作業を続けるユーに挨拶をしてから後に続いた。

 アドラーもそうだが、ユーという人物も気にした様子はなく片手をあげるだけである。フィオラは色々と諦めた。


「調査ですかアドラーさん」

「そうなるね。というわけで、次は助手の訓練といこう。僕は今からこの木炭ブロックの広まり具合を調べようと思っているわけだが、もし君なら何処へ調査に向かう?」


 いきなりの質問にフィオラは立ち止まる。そう言われても、そもそも木炭ブロックの事情すら知らなかったのだ。

 それに、助手の訓練なんて。魔術の授業も今日はほんの少ししかしていなかった。こんなに気合を入れて動ける服装にしたというのに。


 そうした反発を抱えながらも、フィオラは素直に偽物の木炭ブロックについて考えを巡らせ始めていた。

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