第20話「実戦的な魔術」

 アドラーは男たちが怯んだ隙に動く。先ほど裏手の男たちをこちらへ排出したのは事前の仕込みと守護精霊アウラの行動である。つまり、その派手な演出の間にアドラーは次の仕込みを終えていた。


 わざとらしく呼び寄せた守護精霊アウラの動きに呑まれ、アドラーへと注目していた男たち。その足もとから前触れなく柱状の風の塊が突き出した。

 予兆もなく、見ることすら難しい風の柱。臨戦態勢にあったノティアファミリー全員を襲ったその柱は、受けた者にとっては下から振り抜かれた鈍器のようなものだった。


 回避行動も出来ず顎や腹にその衝撃を受け、男たちは打ち上げられる。衝撃で意識が飛びかけた彼らは、手にしていた杖を取りこぼしながら宙を舞った。一人を除いて。


 傷跡のある男だけは後方に跳んで風柱を避け、短い棍棒のような杖をアドラーへと向けていた。その肩には亀の守護精霊が乗っている。


「事務所と同じ手は食わねぇ!」

「その決めつけはどうかな」


 男が避けて終わったと思っていた風の柱は消えていなかった。それどころかより勢いが増したのか、目に見えるほどの細渦となり、まるで生きているかのように鎌首をもたげている。

 それらが一歩下がった男へ一斉に伸びた。その数五本。


「僕の得意分野は流体とその維持でね。とはいえ、流石にそこらの雑魚とは違うようだ」


 男は襲い来る一本目を横に転がるように避けながら、地面に手をついて術を発動させる。煉瓦を散らしながらせりあがったのは人の背丈ほどもある土壁。それが勢いよく飛び出し、追撃してきた風柱を突き破るように散らした。


 次いで襲い来る四本の風柱を遮るように更に大きな土壁が二枚、男を囲うように成形されて攻撃を防ぐ。


「舐めやがって」


 壁に突き刺さった四本は渦を維持していたが、突破はかなわず。土壁は折りたたまれるように変形し、風柱を挟んで消し潰していった。


固体流動リドムか。土属性がメインだが水属性の適性もあるようだね」

「そういうてめぇも風だけじゃねぇな。追尾する風柱を五本も一息に作り出すなんざ、どういう絡繰りだ」

「技の術理を自ら明かす者は居ないだろう。命のやり取りをする人間なら尚更ね」

「くっくっく。逃げ腰の理屈屋かと思ったが、なかなか面白そうじゃねぇか」


 傷跡のある男が獰猛に笑う。その周囲の地面が更にせり上がり、左右に土壁が三枚ずつ並んだ。大中小の三枚は互い違いに並んでおり、おそらく攻防一体の成形元となるのだろう。

 ぼろぼろと巻き込まれかけた煉瓦がいくつか周囲に落ちていく。内部に取り込んだ煉瓦をどう使ってくるのか。


「街中で公共物を破壊する戦闘スタイルを平然と行うのは感心しないな。その破壊された道は、あとで均すのだろうね?」

「均すわけねぇだろ。これが俺の戦闘法だ」

「野蛮なことだ。さてお嬢さん、どういうつもりかな?」


 言われて、フィオラは知らず自分が前に出ていたことに気が付いた。後ろに下がって見ていたはずが、もうアドラーの真横にまで出てきてしまっている。


「す、すみません。わたくし、授業以外の魔術を見るのは初めてで。ここまでその、実戦的なものなのですね」

「状況を考えて欲しいものだ。下手をすれば人死にも出かねない、本物の戦闘だとも。実戦的な魔術に興味があるのなら今度教えよう。だから今は下がって居なさい」


 言われたフィオラは下がるしかなかった。周囲を見れば未だにあの男の部下たちが倒れ伏して呻いている。

 状況が状況なのは確かにそうだった。アドラーはともかく、相手はこちらを殺すかもしれない。


 それでも、賢者とまで呼ばれる人物と、暴力を生業とする者との争いを前にして、落ち着いてはいられないのがフィオラという人物だった。


「見所あるお嬢さんじゃねぇか。一体どこの出だ」

「知らないで襲っていたとは。領主フェイゼン様の愛すべき孫娘だとも」

「……嘘だろ?」

「ついでに言うと、君が壁に煉瓦を突き刺したのはノックストリート劇場だ。本日はとあるスポンサーが懇意にしている大事な演目の第一日目でもある。まぁ一般公開はまだ先だが、夜には多くの招待客がその道を通るだろうね」


 それを聞いた途端、男の笑みが消える。すっと真顔に戻り、動きも固まった。呼応するかのようにプレート状に固く締まっていた土壁がふわりと膨らむ。


「硬度を維持したまま流動出来るという事は、集中が切れればそうなる」

「あ、ちょっと待て!」


 アドラーが地面を駆けていた。滑るような動作で素早く距離を詰めたアドラーは、動揺した男にステッキを向ける。


「流体を維持すれば移動に。渦を維持すれば打撃と防御に」

「てめぇ!」


 男が咄嗟に土壁のコントロールを取り戻すも、ワンテンポ遅れていた。土壁が倒れ込むようにアドラーを止めようとするが、硬度の落ちた壁は守護精霊アウラが発生させた渦に弾かれる。


「そして、暴風を解放すれば――斬撃だ」

「くそっ」


 崩れ散る土塊の合間から、肉迫したアドラーがステッキから最後の術を放った。破裂するような空気の音がフィオラの居る位置まで響く。

 死を覚悟した男が仰向けに倒れ込み、その顔の真横にステッキが突き立てられた。数秒の沈黙のあと、アドラーが挑発的な笑みを見せる。


「さて、そういえば名前すら聞いていなかったが。まだやるかね?」

「……ちっ、卑怯な野郎だ」


 斬撃は周囲にあった土壁全てを切り裂いていた。いくつもの断片に切りわけられた土壁は、やがてボロボロと崩れ落ちていく。


 それは男の戦闘意志喪失を示していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る