第17話「中庭での攻防」
建物が密集した四角い区画の真ん中には井戸のある中庭がある。その上空に、アドラーとフィオラは浮いていて、そして落ちた。
下にはアドラーを逃がさないよう取り囲んでいたのか、男の仲間と思わしき強面の男たちが何人か見える。
「ひっ……」
二つの意味でフィオラの息が詰まった。悲鳴も出ない落下の先、フィオラを抱きかかえたアドラーはステッキを地面へ向けて再び術を発動させる。
噴出された風により勢いを落としたアドラーは難なく着地し、フィオラを解放。周囲に居た男たちは踏ん張りきれず、アドラーを中心に放射状に転がっていた。
「そいつが賢者だ捕まえろ!」
事務所の窓から身を乗り出した依頼者が叫ぶ。その一声で尻もちをついていた男たちの空気が変わった。
それぞれが懐に手を入れ、短剣のような杖を取り出す。杖としても短剣としても使える暗器のような武装だ。
「なるほど。暴力を取り扱う組織らしい杖だ」
「怪我したくなきゃ大人しくしな!」
言うなり、男たちはそれぞれ術を展開する。魔力を込め、短剣の握りに刻まれた術式を起動させたのか、男たちの手元から淡い光がぼんやりと灯った。
みるみるうちに火が空中に現れ、形が変わっていく。力の補助か、赤い蜥蜴や子犬、エレメントタイプと呼ばれる浮遊する魔石のような守護精霊たちも姿を見せていた。
「やれやれ。捕縛が目的ではないのかね」
「イグニスジータ!」
放たれたのは火で出来た矢のようなもの。初歩的な攻撃魔術とされる火矢【イグニスジータ】だった。
六人の術者が放った、六本の火矢。それが緩やかな軌道で飛んでくるのを、座り込んでいたフィオラは淑女らしからぬ大口をあけて眺めていた。
対するアドラーは先程と同様、動じず。ただステッキを地面につけ手を添えているだけだった。少なくとも表面上は。
「リフレクテ」
事も無げに呟く術名。それだけで六本ある火矢は、まるでアドラーたちを避けるかのように外れ、地面や壁へと飛んで弾けた。
風だけが横を吹き抜け、フィオラはその結果を追う。火矢が着弾した地面や壁は焼け焦げ、少し抉れていた。あれが六本も当たって居たらと思うと怖ろしい。
「な、なんだと!?」
「何をしやがったてめぇ!」
男たちが困惑したように叫ぶ。
「矢避けは風属性の花形だろう。君らのところには、どうやら術兵くずれの指南役が居るようだが。教わらなかったのかい?」
「風なんて雑魚属性じゃねーか!」
「そうか。なら君たちは六人揃って、その雑魚属性に無効化されたわけだ。軍事において火属性は火力として純粋で強力だが、こうした街中で個々人が争うのなら扱いは難しく小回りも効かない。もちろん、術者の腕前が良いのなら話は別だがね」
「野郎、舐めやがって」
男たちが叫び、再び力を込めるより早く、アドラーは動いた。腰が抜けて座り込んでいたフィオラを担ぎ上げ、走る。
「テラリウス!」
直後、アドラーたちの居た地面が隆起するように跳ね上がった。ぼろぼろと土塊を飛ばしながら地面が突きあがったそれは、事務所の窓から見下ろしていた男によるもの。
「飛ばすのが効かねぇなら、それ以外だ!」
「は、はい!」
部下に命令を出しながら、男は二階の窓から足を踏み出した。その足に合わせるように、隆起した地面が伸びる。男の肩には小型の亀が乗っているのが見えた。
隆起した部分は男の元までは届かないものの、男は落下するようにそこへ降り立ち、更にもう一歩で地面へと降りる。
「天の眼アウラよ、ここに」
「白い梟か。守護精霊を出したってことは、やるんだな賢者さんよ」
アドラーはフィオラを担いだまま自身の守護精霊である白梟、アウラを呼び出した。左肩にフィオラを、右手でステッキを持って男たちと対峙する。
フィオラは恰好的にお尻を男たちに向けることとなっていたため、何が起きているのかもわからない。まさか、このまま戦闘を行うつもりなのだろうか。
「さて、こちらとしては穏便に行きたいところなんだがね」
「なら協力してもらおう」
「協力すれば、きちんと情報をくれるのかな」
「おうとも。少なくとも、こちらの手の内になるのなら。俺が話せる範囲で話してやろう」
「それで。人捜しだろうと何だろうと調査は足が基本だ。それを聞いたあと、僕が自分の足で聞き込みや情報収集をしに行くのを許されるのかどうか」
「お前はその頭脳だけで十分だろう? 手足はこいつらが動く。問題ねぇ」
話しながら、周囲の男たちがアドラーたちを囲むようにじりじりと間合いを詰める。短剣を手にしているが、今度は一体どんな術を使うつもりなのか。
街中で、それも捕獲対象の相手に火を放つような連中だ。今も命令に従ってはいるが、その目はアドラーに行き過ぎた敵意をむき出しである。
「さて、そこの未熟者たちが僕の求める情報を手に出来るかは些か疑問だ。表情の機微、相手が隠そうとした動き、話題の移り変わり。信用されるための話術、交渉。そういった技術があるようにはとても見えないゴロツキたちだ。ああ、それもそうか」
アドラーはにやりと笑みを浮かべると、男たちの統率役。依頼主である傷跡のある男を見やる。
「部隊の頭脳たるべき指揮官が、先客の話が終わることすら待てない子供ならば仕方がない」
「良し、殺せ!」
「えぇ!? 捕らえるんじゃ」
男が激昂したタイミングで、アドラーはアウラに命じて大きな風を起こした。その風に乗せ、自身の術で煙を起こす。
土埃とは比較にならないほど濃厚な煙。一気に中庭に広がるそれが晴れた時には、アドラーとフィオラの姿は消えていた。
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