第14話「魔の術」
翌、灰の日。フィオラはアドラーの事務所で魔術の講義を受けていた。杖はまだないので座学を受けているところである。
アドラーは歩き回りながら解説やら質疑をすすめ、フィオラはいつものようにソファに座り、サディの入れたコーヒーを飲みながら話を聞いていた。
「君は魔術を何だと思う?」
「……随分漠然とした質問ですね。精霊の声を真似ていると聞いた事ならあります」
「そういう人もいるね。精霊が自然へ呼びかけ、結果を引き出す行為。その魔力の音色を真似ているのだとか。当たらずとも遠からず。そのものずばり、魔術とは魔の術だ」
フィオラは魔術が何なのか、考えたこともなかった。生まれた頃から当たり前のようにそこにある技術であり、身近にも魔術を利用した道具だらけである。
「魔、ですか?」
「そうとも。我々は魔物の
「魔物の真似なのですか」
「嫌そうな顔をするね。だが事実だ。覚えておきたまえ。かつて魔物に滅ぼされかけた我々は、精霊の加護だけでなく貪欲に敵の技術を奪って生きながらえて来たのだよ」
これまで、フィオラは魔術も守護精霊の加護の先にあるものだと思っていた。守護精霊という絶大な加護を受けているせいか、知らないうちに魔術という力もその方向のものだと信じていたらしい。
「では守護精霊とは何なのでしょう」
「伝説の通り、かつて聖王が人の滅びを止めるため大精霊と交わした契約のことだ。この地が魔に染まるより、人と共にそれを食い止める。大精霊はその道を選び、我々人はそれだけでは飽き足らず力を欲した。だからね」
アドラーはそこで間を置いて、フィオラへと近寄る。
「精霊の中には魔術をよく思わないものも居る。この技術に長ければ長けるほど、疎遠になる精霊が居て、だからこそ守護精霊を授かるまで本格的な鍛錬はなされない。他国なら成人ももっと早い」
「守護精霊との関係は、そんなに不安定なものなのでしょうか」
「契約は契約だ。ただ、どんな精霊が君の傍に来てくれるかは、まだ定まっていない。人の本質が揺れれば相性も変わる。だから精神形成が落ち着くまで待って傍にある精霊の特性と形が決定され、それ次第で人生が左右される」
人生が左右される。何だか脅されているようで、フィオラは身じろぎしてしまった。自身も成人の儀まであと二週間ほどである。
魔術をよく思わない精霊も居る。そんなことを言われたら、杖が仕上がったとしても魔術の授業を受けて良いのかわからなくなってしまう。
「なに、そうは言っても。君の伯母のように、精霊術と魔術を極めた人間だって居る。何が言いたいのかというとだね。もう少しで成人するのだから、守護精霊を授かるまで一旦授業を止めるのも手だという話だよ。ここからはより実践的になる」
たった数日待てば、何の心配もなく守護精霊を授かり、その特性を見てより実践的な授業へ移ることが出来る。
精霊が魔術を好まないというのなら、確かに。今は座学で知識を得ているだけだから良いけれど、その数日で授かる守護精霊に影響があるのなら警戒するのも当然だ。
けれど。
「ですがアドラーさん。
「全く。かつてその事で左右され、遠方へ飛ばされた馬鹿者も居たというのに、その思い切りの良さは血筋なのかな。ともかく、そういう事なら杖はないが実践的な授業へと進もう」
アドラーは大袈裟に首を振り、フィオラの手を取って立ち上がらせた。どうやら座学はお終いらしい。
それにしても、その鍛錬用の杖をつくるため。そしてその素材のため。
昨日は資料を洗い出し、取引現場になりそうな場所をピックアップして、かつ何時からそうした取引があったのか積荷目録を比較して担当のディレーに提出するという大変な作業を行ったはずなのに。
なくても良いとはどういう事だろうか。今頃、自分たちの憶測が正しければ巡邏隊が手柄を取っている頃だ。
「君は、確か火属性だったね」
「それです。以前にも気になったのですが、どうして私が火属性だとわかったのですか?」
手を取っていたアドラーは悪戯っぽく笑ってみせる。
「簡単さ。君のその苛烈な性格は、火属性しかあり得ない」
「なっ!」
フィオラは顔と頭に血がのぼるのを感じた。なんてことを言うのだろうか。苛烈な性格だなんて。フィオラは咄嗟にアドラーの手を払いのけていた。
むっとした気持ちのまま言葉を繋げようとしたフィオラだったが、反応が面白かったのかアドラーは大声で笑い出してしまう。
「あはははは。冗談さ、お嬢さん。君が熱ペンを使った時にね、魔石が赤く光っただろう? 火属性と相性が良く魔力操作もうまくなければ、あそこまで見事には輝かないものなのさ。まぁ、性格というのもあながち」
続く言葉はフィオラの睨みによって止まった。アドラーはそういう所だと言いたげにしていたが、賢く黙っている。賢者らしくない含み笑いを浮かべながら。
「……意地悪な人ですね」
「なに、性分でね。そのおかげで今がある。とりあえず魔術の実演にここは手狭だ。外へ出ようか」
「杖は御父様からのものを使っても?」
「いや、今は置いていおきなさい。まずは杖なしでやれることを、だ。ああ、サディ。中庭は空いているかな?」
「はい旦那様」
いつの間にか入口に立っていたメイドのサディが、相変わらず無表情に帽子を差し出した。アドラーは受け取った帽子を被り、再びフィオラの手を掴んで歩き出す。
「では、行動開始と行こう」
ルモニの賢者というからには、お爺様のように寡黙な知識人なのかと最初は思っていたフィオラも、最近ではすっかりアドラーへの評価を変えていた。
確かに頭の回る人だけれど、それ以上に意地悪でしょうがない人なのだ、と。
【~最適な杖を求めて~】了
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