第13話「助手のお仕事」

 アドラーは一切動く気が無さそうだったので、フィオラはまず事件について考えを巡らせてみる。そもそも本当に紛れ込んだ品に欲目が出ての犯行なら、犯人が捕まった時点で事件は解決になっていたはずだ。


 問題は王都からしか出ないファイカの素材。ルモニから見て王都は西、それも直通の高速水路が走っている。

 ヴィーメン社は北、ルンヘルトからの素材を仕入れる商社だ。その荷物に、偶然西からの荷物が紛れ込むのはおかしな話である。


「アドラーさん、これは確認なのですが。西からの荷物を陸路で運ぶとしたら、相当大変ですよね?」

「比べるまでもない問題だね。高速水路は、建国の礎となった伝統的かつ実用的な水路だ。かつての十傑が水龍の力を持って整備し、王都とルモニ、そして西のリデンを繋ぎ不可侵のトライアングルとして魔物の侵攻を食い止めた」


 王都を頂点に南西に少し行くと西の要塞リデン。二つの頂点からだいぶ東に行くと、ここルモニがある。

 魔物の侵攻に対し、王都からの救援に難儀したこの距離を解決したのが水龍の力で造られた水路と精霊船だという。


「それは、学んでいます」

「そうだろうね。要するに、そんな時代から物流の中心だった。ということは当然、他の地域ほど陸路の整備は進んでいない。高速水路は維持費のために利用料や、荷物によって税を取られるが、陸路による諸々の手配を考えれば安過ぎるくらいさ。普通はね」


 普通は、そうなのだ。それも門から普通に入れるのではなく北の荷物に紛れ込ませるなんて手が込んでいる。見つかれば当然罰則だろうし、どうしてそこまでして持ち込んだのだろうか。


「そういえば、確かリオ・コデン氏は何かの組織と取引をするつもりだったと言っていませんでしたか?」

「そう報告されたね。正しいのなら、先ほどアナ・ディレー氏の置いていった資料に詳細があるだろう」


 言われて資料を探す。それと思わしき紙束は、ディレーの座っていた隣の椅子に置かれていた。机の上に置かないあたり、置き忘れたという形を取りたいのだろうか。


 資料はヴィーメン社のものと思われる素材目録と、北の玄関口からの物流に関する目録。それと随分古いファイカの生息域調査の報告書が何十枚に、昨晩の事件に関するものが数枚あった。


「資料によると、売ろうと思ったものの接触出来ずとあります。どういうことでしょう?」

「それは質問かな?」

「……違います。考えを整理しているだけです。そもそもコデン氏の行動はどこかおかしかった気がします」

「何処かというと?」


「紛れ込んだだけの品、その一度の横流しが見つかっただけで社長を殺害し、隠蔽までするでしょうか。品はどう見ても紛れ込みようのないもので、巡邏には行かないのにルモニの賢者と名高いアドラーさんの元へやって来た」

「コデン氏の目的は何だったと思う?」


 アドラーが椅子に深々と座りながら、反対側で資料を手にしていたフィオラに問いかける。いつの間にか、フィオラは紙束を手に歩きながら思考に耽っていた。まるで何時ものアドラーのように。


「コデン氏は、保護されたかったのではないでしょうか」

「ほう」

「ファイカの素材は計画的に、あるいは組織的に動かなければ仕込めないものだと思います。それも大金をかけてまで秘密裏に欲しかった。そんな組織の指示で動いていたとすれば、咄嗟の殺しで巡邏隊へ発覚すれば怖ろしい報復に繋がってしまう。だから自分では向かわず、かつ協力したのではなく暴かれて捕まるという筋書きが欲しかった」


 話しながら、フィオラはそれこそが正解ではないかと確信に至る。


「だとすれば、この件の解決とは何だと思う?」

「ファイカの密輸ルート、および組織関与の証明と捕縛ではないでしょうか」

「惜しい。正解は正解だがね」


 論じながら無意識に興奮していたフィオラの言葉は、アドラーの水差しで止まった。正解に至ったというのに、なんて無粋なことを言うのだろうとフィオラの眉根がぐいっと寄る。


「僕が思うに。おそらく、コデン氏は逃げる気だった。賢者の調査中に素材を組織へ渡してしまい、危なくなる前に社長の責任にして帳簿と消える。外から見れば社長の行方を捜すだけの依頼である以上、素材を渡しておけば組織も様子を見る。万が一うまく行かなくても君が言った通り、咄嗟の殺人として保護されて報復も防ぐことが出来る」

「どうしてそう言い切れるのですか」


「咄嗟の殺しをしておいて、その周到さ。組織との関係は根深いと見て良い。その紙束に物流の資料があるということはそういうことだ。一体いつからだったのか。そこまで食い込んでおいて、ただの使い走りなどではないだろう。だからこそ僕も意地になり、向こうとしては予想外の解決速度にぶつかったわけだ」


 座ったまま訳知り顔で語るアドラーの態度に、フィオラは更にムッとしてしまった。わかっていたくせに、語らせてから粗をつくとは意地が悪い。


「それも憶測でしょう?」

「そうとも。だが、誰もがその憶測を目当てに僕の元へ来る。僕の読みが正解で、全てを見通しているとはもちろん言わないが、そのための努力はしている」

「今回はわたくしに任せるという話だったのでは?」


「ああ、そうだとも。もちろん。それは終わった。お見事だ助手君。解決の件は問題なく、君は予想以上に早く結論に辿り着いた。大切なのは横流し先の取引現場、その割り出しだ。そこで捕まえてしまえば証明と、ファイカの混入ルートや目的も引き出せる。ただ、捕縛は巡邏隊の仕事であって、僕らはその」


 アドラーが視線で示すのは、多過ぎてフィオラが持ち上げなかった物流目録。それを見て、フィオラの顔が更に歪んだ。嫌な予感がしたのだ。


「アドラーさん。それは、調べれば誰でもわかる事、ですよね」

「その通り。それを、僕らが時間と単純作業をかけて割り出すわけだね。なに、誰にでも出来る仕事だとも。簡単だ」

「簡単で、大変な作業をして。組織に踏み込む大きな手柄は巡邏隊に?」


「そうとも。言っただろう。賢者なんていいように使われる程度の存在だとね。そしてそういう作業こそ、助手としてよくある仕事だということを理解して貰いたいものだ。我々の仕事は賢者などと称されるような輝かしいもので埋め尽くされているわけではない。むしろ巡邏の手が届かない、人員を割けない部分で頼られるものなのさ」


 見事解決に辿り着いた気がしていたフィオラは体の力が抜け、ディレーが座っていた椅子へと座り込む。

 その様子を楽しそうに見ていたアドラーは、フィオラが目を通さなかった目録を手元に引き寄せた。


「御覧、ご丁寧にヴィーメン社関係の倉庫や物資の記録だけだ。そこから下流、あの倉庫から出るルートと、比較することで重量差などの細かいデータを割り出す必要があるね。素材は各部署や冒険者組合、魔道具屋などに流れるけれど。さて、コデン氏がどう誤魔化していたか。積み方かな? 船の下に吊るすだとか浮かべるという手もあるだろうね」


 手慣れた様子で考えをまとめて資料を読んでいくアドラーを見て、フィオラは何とも言えない気分になってしまった。

 どんな仕事も、輝かしい部分ばかりではないと知っていても。いざ目の前に突きつけられると溜息くらい出てしまう。


 フィオラはすっかり冷めてしまった自分のカップを傾け、気持ちを切り替えることにしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る