第12話「例外品」
アドラーに連れられて入った役所では何人もの人間が行き交っていた。受付は広く、各窓口に分かれてはいたが、それでも捌き切れないのか多くの人が順番待ちをしているのが見える。
そんな様子にも関わらず、アドラーとフィオラはすぐに奥の応接室へと通された。待っていた何人かは良い顔をしなかったが、予約でもしていたのだろうか。
「こんにちはアドラーさん、リスレットさん。今回担当させて頂きますアナ・ディレーです」
「はじめましてフィオラ・リスレットです」
「どうもディレーさん。それで、首尾はどうですか」
応接室は簡素な机と椅子があるだけで、先に待っていたディレーが紅茶を注ぎながら椅子をすすめてくれた。
ディレーは眼鏡をかけた黒髪の女性で、微笑むこともなく淡々と話を続けていく。
「問題なく。発見者ですし功労者ですから、例外品をお譲りするのは構いません。ただし」
「なるほど。証拠品ですからね」
「お察しの通りですルモニの賢者」
「良いように使われる程度の人間には過ぎた呼称ですよ。特に、あなた方に言われると何とも滑稽だ」
紅茶のカップを持ち上げ、香りを楽しみながら大袈裟に肩をすくめて見せるアドラー。連れて来られただけのフィオラに事情はわからなかったが、先の事件関係だろうか。
「御謙遜を。ともあれ証拠品の保管は事件が解決するまでと規定で定められています」
「わかっていますとも」
「ヴィーメン社の社員たちからも早期解決が期待されています。では、私は別件がありますのでこれにて。いくつか資料を置き忘れますが、持ち出しはなさいませぬよう」
言い終えるなり、ディレーは立ち上がり部屋を出て行った。よく見れば自分用のカップも用意していない。はじめからそのつもりだったのだろう。何の余韻も残さないきびきびとした動きである。
フィオラは言うなり出て行ってしまったディレーに驚いたものの、不思議と失礼には感じなかった。
「それで、どういう事でしょうアドラーさん」
「何、ちょっとした約束事さ。書類も契約もないのがその証拠だね。ところで君は、ファイカと呼ばれる魔物を知っているかい?」
アドラーはころころと話題を変える。とはいえ、彼の場合それはこの件に関係することなのだろう。そう考え、フィオラは推察しつつ答えた。
「名前くらいは聞いた覚えがあります。リオ・コデンが売ろうとしたレア素材というのが、その?」
「その通り。ファイカとは無鷹とも呼ばれる猛禽の一種でね。空高く飛び、魔術を無効化する力を持った鳥だ。自然界で遭遇しても簡単に捉える事は出来ず、矢の届く距離には滅多に来ない。一部地域では神聖視されるも、聖王国では魔物とされている。何故かわかるかな?」
「魔物の定義、は魔力を多く帯び生命や人類に敵対する存在だと思いますがファイカも?」
「いいや、研究者によれば単なる野生生物という話らしい。素材として優秀なので、魔物という区分にして乱獲する大義名分を得ているそうだよ」
「それは、ファイカにとっては迷惑な話でしょうね」
「さて、大空を行く彼らに人の都合がどう映るかはともかく。そんなファイカを唯一安定して狩る事が出来る場所が王都にはある」
王都にある、ということは周辺地域の話ではないはず。魔物でなく、大空を飛ぶ鳥がそんな閉鎖された場所に出るのかはわからなかったが、心当たりは一つしかなかった。
「かの大迷宮でしょうか?」
「そう、聖地とも神殿とも呼ばれる場所だ。王宮の管理する界層にはファイカが出る」
「野生生物なのに?」
「ダンジョンに住まうのは何も魔物だけじゃない。本来のダンジョンは、何層にも異界化した空間の事だ。そこにはそこの法則と自然があるものだ」
「興味深いお話ですわ」
「おっと、君のその好奇心に付き合っていては日が暮れてしまう。要は、ファイカは実質王都からしか出ない素材だということだ」
「はい。それが、リオ・コデン氏の管理する荷物に紛れ込んでいたと」
「そうなるね。北からの荷物に偶然紛れ込んでいたとか。王都は西で、ここルモニとは高速水路が通じている。さて、この問題は些か大きい。そしてこの件を解決すれば、その希少な素材を手にすることが出来る。言いたいことはわかるね?」
「それを
「そうとも。そうなると、だ。僕がこの問題を解いてしまっては意味がない」
事も無げに言い放つアドラーに、フィオラは一瞬固まる。今回も助手として手伝うつもりだったし、応えられるようにと思ってはいた。しかし、どうやら話が違うらしい。
「……私が、解くのですか?」
「そうだとも。助手として、実力を認めさせるのだろう?」
「それは、そうですが。そんないきなり」
「ピンチもチャンスも、物事は唐突に何の前触れもなくやってくるものだ。さて、英雄の姪にして領主の孫娘は、この件を見事解決出来るのかな?」
問いかけて来るアドラーは目を細め、にやりと笑ってみせていた。何と挑発的で、嫌な笑顔なのか。
フィオラは頭に血がのぼるのを感じたが、特に抑えようという気にはならなかった。
「やってみますとも。アドラーさんがそう言うのでしたら、解決出来るだけの情報はもう揃っていると考えて良さそうですしね」
「さて、どうかな。パズルのピースは揃っているのか。方向性は間違っていないのか。そうしたものが見えない中で、人は選び決断していくものだろう? なに心配せずとも相談役にはなるさ。ただし、君がどう考え何を質問するのかじっくり観察させてもらうけどね」
「……意地悪な人」
フィオラは精一杯アドラーを睨みつけたが、当の本人はどこ吹く風。全く相手にせず、自分は無関係とばかりに深く椅子に座りなおしていた。
確かに素材は自分でという条件だったか。それに、このまま仕上がりを待って受け取るのでは、これまでの人生と変わらない。
何よりも、自分の好みやスタイルから導き出し、素材から集めていく杖というもの。その工程自体を、フィオラは楽しみ始めていた。
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