第10話「古ぼけた守巫屋」

 辿り着いた職人街でアドラーがフィオラを連れて行ったのは、古ぼけて傾いた看板をつけた小さな店だった。

 職人街は昼前だというのに、鎚を打っているのか金属音が何処からか響いている。日用品に関する職人だけでなく、武具に関する工房も多く、炉が本格的に稼働しているのか煙がいくつもあがっていた。


守巫屋かみふやだよ。利用したことはあるかい?」

「いいえ。話には聞いた事がありますけれど、初めてです。でも守巫屋は、守護精霊に関するお店でしたよね?」


 フィオラの記憶では守巫屋というのは、守護精霊の維持が難しい人のための店だ。精霊は常に共にあり、十六の誕生周期に神殿で祝福を受けて確定される。

 それは聖王国民なら誰しも得られるものだが、その守護精霊を自力で常に維持出来るかどうかは別の話なのだ。


 かつて常に姿形を取らせて傍に居るというスタイルが至上とされ、出来ないものは未熟者とみられる時代があって、色々なごたごたがあったらしい。


 その後それまでの精霊信仰文化や祭事、傀儡文化などが合わさって、姿形維持の補助や精霊自体の能力アップのための魔道具が生まれ、そうした道具と守護精霊のケアをする職業が今も守巫屋として残っているそうだ。


「同じ事だよ。要するに魔道具の専門店なのさ。普通の魔道具や武具屋は規格化された術式や技術を道具に落とし込む場所だが、守巫屋は素材と向き合い開発する場所だ。守護精霊ごとに求められる機構や性能が違うからね」

「杖も造っているのでしょうか」

「なに、何とかなるものさ」


 自信満々のアドラーと共に、フィオラは木製の扉をくぐる。建付けが悪いのか蝶番が錆びているのか、軋むような音が響いた。


「御免下さい!」


 店内はスペース全てを埋めるかのように棚が並んでいて、かなり薄暗い。どちらからでも品が取り出せるよう、幅広の棚は裏板がなく、瓶詰の何かやタグのつけられた素材などが無造作に並んでいた。


 窓まで塞ぐように棚が置かれているせいで、光は物品や瓶越しにしか入って来ない。フィオラは自身のスカートが物品を引っ掻けてしまいそうで、前に進むことが出来なかった。


「奥かな。君はここで待っていたまえ」


 アドラーは一人、奥へと棚の間を抜けて行ってしまう。残されたフィオラは手持無沙汰だ。自然、ひしめきあった棚と、そこに並んだ品をひとつひとつ眺めてしまう。

 はじめは昨日のアンデッドの事もあり、つい警戒してしまったがよくよく見ればそこまで直視しにくいようなものはなかった。


 色の違う粉の入った細長い硝子瓶や、白い石膏のような形がまちまちのオブジェクト。干物のように乾いた何かの部位。濁った宝石のような、少しだけ透けた乳白色の原石。


「扉も鍵がかかっていませんでしたし、大丈夫なのかしら」


 素材の管理は厳しいとアドラーは言っていたが、無警戒に積まれている。色鮮やかな糸をまとめた毛糸球や、宝石のようなものなんて素材としての利用法はわからずとも持っていかれそうだった。


「ジャン、お前か騒々しい」

「こんにちはバンディさん。今日は魔術用の杖を見繕って欲しいのですが」

「何度言わせるんじゃ、儂は守巫屋じゃぞ!」


 奥から何とかならなさそうな怒号が響く。


「またまた。お好きでしょう?」

「お主の杖はもう完成形じゃろうて。まさか、壊したのかジャン坊」


「いいえ、昨晩も役立ってくれましたよ。それと、今日は僕のではありません。僕の助手に見繕って欲しいのです」

「助手じゃと!?」

「ええ、今入口で待たせていますとも」


 ドタバタと騒々しい足音が大きくなってきた。フィオラが身構えた先、棚の奥から顔だけ覗かせて来た老人と目が合う。そして挨拶する間もなくその顔は引っ込んだ。


「ジャン、なんじゃあの別嬪は。嫁さんか!?」

「そんなわけないでしょう。フェイゼン殿のお孫さんですよ」

「なんじゃ領主様の命令か、つまらん。お主はよく従うのう。西には戻らんのか?」


「……今更でしょう」

「ふん。帝国との戦線はどうなんじゃ」

「相変わらずと聞いています。今はそれよりもドラルケ連合の方がきな臭いですがね」


 色々と筒抜けである。どうやらこの店の店主はアドラーと長い付き合いらしかった。


~~~~~


 店の奥、土間に大きな炉が置かれ、様々な道具が並べられた広間で、フィオラと店主であるテオ・バンディは向かい合うように座っている。

 アドラーはフィオラと話をしたいというバンディの希望をさっさと聞き入れ、フィオラを残して何処かへ行ってしまっていた。


 バンディは真っ白な髪を後ろにまとめ、無地の布地を頭に巻いている年老いた男性で、皺だらけの体躯はかなり細い。

 職人というと鍛冶屋や大工など筋骨隆々のイメージがあるフィオラだったが、細工技師や時計師などの技術屋に近いのかもしれないと守巫屋のイメージを修正した。


「守巫屋の仕事ってぇのはな。それぞれ守護精霊を見て、適した補助具を創り出すことと。その一生のつれあいが正しくあるよう、ケアをしていくことじゃ」

「そう聞いています」


「別に忙しい仕事じゃねぇ。大都市だろうと、いや大都市だからこそか。四足の精霊にはこれ、妖精タイプにはこれ、ゴーレムにはこれ、みたいな既製品を使うのが多いからな」

「そういうものもあるのですね」


 初対面の御老人と二人きりにされ、仕事の話をされている。フィオラとしてはなかなか心細い状態だ。希望して依頼しに来たわけではないとはいえ、失礼なことはしたくない。


「むしろそれしか知らねぇのが多いな。そっちの使用者は魔道具屋でメンテナンスもするし、ここに来るのはそれらが合わない特殊事例だとか。仕事上、特性を尖らせるために既製品じゃ困る奴らよ。例えば巡邏隊とか兵士、冒険者じゃな」


 話しながら、バンディは白い粉の入った瓶を取り出して、その蓋をあけた。


「で、だ。お嬢さん。あんたは何者になるつもりなんじゃ?」

「……わたくしは未だ守護精霊も授かっていませんので、はっきりとした答えは出しようがありません」

「ふん。それでジャンに魔術を教わって、実戦的な杖を拵えようっていうのかい?」


 瓶に指を突き入れ、一つまみの粉をつまみ、それをフィオラへと吹きかける。いきなりの事に驚いたが、老人が何をしようとしているのかわからないフィオラは反応に困った。何かの儀式でも始まるのだろうか。


「それはアドラーさんが勝手に」

「ほぉ、んじゃぁ何かい。お嬢さんは不承不承、この儂の所へ? だってんなら、帰りな」

「それは……困ります」


 望んだわけではない。けれど、それはそれとして。より自分にあったオーダーメイドを、かのルモニの賢者が認めた相手に造ってもらえるのなら、そのチャンスを逃したくもなかった。


「いいかいお嬢さん。魔術の杖ってのは、守護精霊以上にあんたの真と繋がってなくちゃならねぇ。本当に自分にあった杖を手にしたいんなら、あんた自身の事をきっちり知らなきゃ手のつけようがねぇんだ」

「私の真……」


 そう言われたところで、それが何かわかれば苦労しない。フィオラにとって自分は自分、という思いこそあれ、自分がどういうものなのかという確信めいたものは持ち合わせていなかった。


「聞かせてみな」

「私は、守護精霊を授かったら王都の魔術学園に通うつもりです」

「そりゃ過程じゃろう。そう思ったきっかけは?」

「それは」


 どうして自分が学園に通いたいと思ったのか。それは、間違いなく伯母の存在が大きい。八年前、話にしか聞いていなかった英雄がいきなり現れた。赤ん坊を抱いて、鎧竜に乗って。


 その姿があまりに堂々としていて格好良かったのを覚えている。そもそも小さな家ほどもある地竜を自力の風魔術で飛行させながら、遥か東から単独で戻って来たというのだ。その時はわからなかったが、あまりにも大胆過ぎる。


「伯母のようになりたいと思った事が始まりだったと思います」

「ほう。英雄アトラ・リスレットか」

「はい。伯母は、とても豪快で爽やかな方でした。当時、私はまだ八歳で。子供の奔放さから段々と習い事が増えていた時期でした」


「逃げたかったのかい?」

「いいえ! いいえ、違うと思います。ただ、そう。違うと思っていた、のかもしれません。だから、己を貫き通そうとする伯母が眩しく見えたのです」


 ただ堂々としていたかった、のかもしれない。


「英雄になりたいのかい?」

「違います。英雄だから伯母を凄いと思ったわけではありません。ただ、その強い在り方というのでしょうか。うまく言えないのですが」

「魔術学園に通えば、近付けると?」


 バンディに問われ、フィオラは自分の動機を真面目に考えてみた。技術や経験、知識? いや、そうしたものでどうこうという話ではなかったはず。自分が身につけたいと思ったものは何だったのか。


「伯母の強さは、きっと自分で切り開いたからこそ持てたものなのだと思うのです。伯母は、その器が大きかったのでしょう。私は自分が英雄になれるとも、なりたいとも思いません。自分という器に見合った所に落ち着くものですし、それで良いと思います。ただ、そこが外や他の都合で押さえられて歪むのだけは、嫌なのです」


 どうにか自分の中でふわふわと揺れていた想いを言葉にしきった時、目の前の老人は大きく何度も頷いていた。これで良かったのだろうか。


「なるほどのう。ではお嬢さん、杖造りの前にいくつか条件を出させてもらっても良いかね」


 バンディが再び粉を吹き付けると、白かった粉はフィオラの周りで赤くきらめきながら舞い始めた。

 フィオラにとって老人の行動や質問には戸惑いしかなかったが、それでもこの老人が杖を造ってくれるというのなら。きっと良い物になるのだろう、と思わせてくれるだけの何かを感じていた。

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