第9話「昨晩の魔術戦」

「元々が守りの方向である封印式を投げつけるという時点で運用がおかしいのだが。まぁこれは彼が未熟だったのと、戦って撃破するよりも封印することで逃げようという後ろ向きの思考で実行したためだ。守護精霊は大きな力を持つが、多くの場合目的から手段を選ぶ能力が低い」


 守護精霊の特性。自然界の精霊は力を持ち、術式がなくても思うだけで結果を出す。しかしそれだけに直感的な運用は得意だが、応用的な運用には契約主の指示が必要だとされていた。

 フィオラは少しだけ、伯母の守護精霊である鎧竜を思い出す。あの竜は、かなり賢くみえた。果たして自分はどんな守護精霊を授かるのだろうか。


「守護精霊はコデン氏の逃げの姿勢を受けて、単なる増幅にしか力を行使できなかった。だから切り離したあとの渦の力は弱まってしまったわけだ。もちろん、コデン氏がはじめから水球を攻撃手段と捉え、切り離したあとの水球威力を重視して守護精霊に指示していれば結果は違っただろう。それに対し、僕はステッキからの風魔術で対抗した」


 ステッキから樹木のように一気に伸びた風の亀裂。その威力は強く、大きな水球が粉々にされたのをフィオラはよく覚えている。


「あれはステッキに仕込まれた術式で、かつ攻撃用のものだ。魔力を通し、その場で発動させた。盾のように力を維持し続けるのではなく、タイミングを見て一瞬だけ走らせた攻撃。術式からの発露と、一瞬という条件で高威力に切り裂く。あれで水球の弱さを確認したので、そのあとの二発目はアウラの旋風で蹴散らしてしまえるというのがわかったわけだ」


 あの攻防にはそんな意味もあったのか。フィオラとしてはただ、目の前で繰り広げられる実戦的な魔術というものに目が奪われていただけで、その意味までは頭が回っていなかった。


「問題はその後だ。守護精霊がコデン氏の本能的恐怖を感じ取り、防衛反応を起こす。落ちていたウォッシャーの渦を拡大し、水の膜にして結界のように発動させた。これにはコデン氏の未熟な指示もなく、術式であるウォッシャーと繋がったまま広がったので強度も十分なものとなった」


 フィオラにも最後の水の膜と、それまでのウォッシャーによる水球との差は見てとれていた。なんというか、まず水流の勢いが違う。

 水球はよく見れば中が渦巻いている程度のものだったが、水の膜は表面が激流のように流れてこちらを拒絶していた。


「さて、ここまで来ればもうわかると思う。結局のところ重要なのは個人の鍛錬以上に、杖なのだ。コデン氏は戦闘魔術を嗜んでおらず、手にしていたのはウォッシャーだった。それでも守護精霊と力が噛みあえばあれだけの結界を作ることが出来る」


 トイレ用品でしかないウォッシャーでさえ、守護精霊がつけばあれだけの威力を持つ道具となる。

 フィオラは以前、領主であるお爺様が自分に語ってくれた話を思い出した。聖王国民は精霊と共にあることで一人一人がそれだけの力を持ち、だからこそその力を増幅させる魔道具やそれに繋がる素材の扱いには気を付けなければならないと。


「杖、僕の場合はステッキだが。これには術を刻み、どう魔力を通せばどう発現するのか。いくつの術を仕込むのか。補助や外部機関としての魔石をいくつ、どこに入れるのか。近接戦闘も考慮に入れるのか、極限まで小さくして機動力を持つのか」


 アドラーがステッキを捻り、柄の部分をくるくると回して取り外して見せる。その内面には複雑な文様や魔石がはめ込まれているのが見え隠れしていた。


「魔術が成立したのは聖王暦281年。500年以上も前だ。それ以前、聖王国民は守護精霊の恩恵だけで戦って来た。もちろん、戦術や兵器運用。武具の使用を守護精霊に補助させての事だから無力だったわけではないが。こと魔力に関しては赤子も同然。そもそも守護精霊が居れば済むことを、主人が行う意味があまりなかったわけだ」


 柄の部分を付けなおし、自身の腰へ短くしたステッキを仕舞いなおしたアドラーは、フィオラの傍に寄って更に語る。


「そこから魔術師がその戦闘力で戦闘に立てるようになったのは、この杖の創意工夫を極限まで高めたことで、守護精霊と自身という二人分の戦力を使い分けられたから。さて、思うままに結果を無尽蔵に起こせる精霊と、ただの人間が並ぶため。正しい術式を正確に。タイミングを合わせて発動させるため……君の持つその杖は果たして適切なのかな?」


 銀縁眼鏡のズレをなおし、アドラーはその眼をフィオラの持参した杖へと向けた。その杖は陶器のように艶やかな表面で、フィオラの腕ほどの長さの棒。刻まれた装飾は見事で、工芸品としても十分な出来に見える。


「これは、御父様が誕生周期にと下さったものです」


 フィオラはその杖を愛おしそうに抱き寄せた。


「お爺さんでなく御父様、か。それは何とも。彼は内政に関してはたいしたものだが、魔術面の素養はなかったように思う」

「御父様からの贈り物を捨てろとおっしゃるのですか」


「その通り。その棒術による戦闘を行うには短く、術式や魔石を充実させるには簡素過ぎる造りで、何とも見目だけの装飾が多い杖は。君が本気で魔術師として大成して、英雄アトラ・リスレットと並びたいというのなら早めに捨てた方が良い」

「そんな……」


 フィオラはその杖を受け取った時のことを思い出す。お爺様は魔術学園への入学には反対していた。そんな中、守護精霊を授かる年だということで一足先にこれをくれた御父様。

 表面の豪華過ぎず、巧みな掘り物や陶器のような手触りも好きだった。確かにアドラーの言うように、御父様は魔術に関して素人なのかもしれない。それでも。


「いやもちろん。僕のステッキのように特殊な杖として完成させるというのなら止めないがね」


 アドラーはそう自嘲して見せるも、フィオラが反応しないのを見て咳ばらいをひとつ。取り繕うように言葉を連ねていく。


「まぁ、君が御父様の好意を無碍にしたくないという気持ちは理解出来る。良いだろう。なら、こうしてはどうかな。ここで、あるいは外で。授業を受け鍛錬するための専用杖を用意するというのは。捨てるのではなく、それはあくまで正装用ということにしよう」

「そ、そういう事でしたら」


 その言葉に救われたかのように顔をあげるフィオラと、あからさまに肩の力が抜けるアドラーに、サディはひっそりとため息をついていた。


「では、行動開始といこう」


 アドラーは足取り軽く、外へと向かう。フィオラはどういうことか理解しておらず、わからないままアドラーの後を追って部屋を出た。

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