~最適な杖を求めて~

第8話「魔術の授業のはずが?」

【~最適な杖を求めて~】聖王暦816年、第9周期。風の週、家の日。



 第三週である風の週、真ん中となる家の日には、多くの人で道の両脇が賑わっていた。誰もが家に一つのとっておきのクロスや布地を持ち出し、パンくずや汚れを叩いては世間話や情報交換を行っている。


「この時間に通るのは気が引けますが」

「我慢して欲しいなお嬢さん。午後はそんな彼らがこぞって、明日の仕込みに合わせた買い出しに出る。そうなったら市場も水路も大混雑だ」


 アドラーたちは事務所を出て北水路へと入り、そこから西の水路を出て徒歩で中央職人街へと向かっていた。

 道中の下町では各家を預かる主婦が台所用品だとか布地を引っ張り出してはあれやこれやと忙しなく、それでも楽しそうに動き回っている。


 ルモニという街はダンジョンを失って久しく、あまり素材が豊富に取れる場所ではなくなっていた。

 その分冒険者組合の発言力は低く、商人が強い。そしてそれ以上に強いのが絶対的な権力を持つ領主リスレット家である。


 そして素材は取れずとも、治安維持や戦力保持のため、その手の職人は領主により優遇されていた。

 フィオラもその事は知っており、今回持参した杖も、そんなリスレット家が支援している高級職人によるものだったはずである。


 だというのに、アドラーが向かうのは中央職人街。東部のような高級街や商人相手のものでも、南部の領主直轄地でもない庶民のための区画だった。


「中央職人街には冒険者組合がある。たとえダンジョンがなく素材が乏しいのだとしても、昨日君が見たように魔物は湧き、どうしたってその素材は処理されるわけだ」

「まさか昨日のアンデッドも?」


 フィオラの脳裏に、昨晩見てしまった蠢く切断面が浮かぶ。いくら魔物の素材が必要だからと言って、ああした元御遺体を道具に加工するというのは良いのだろうか。フィオラはあまり考えたくなかった。


「さて、それは知らないが。いずれにせよ高給取りで一品一品仕上げていく職人より、生の素材に触れ、多くの顧客を相手に日々奮闘している職人の方が使い倒す道具の造り手としては相応しい」


 飄々と前を行くアドラーの後を追いかけながら、フィオラは色々な意味で不安を抱いてしまう。魔術の授業を受けていたはずが、どうしてこんなことに。


~~~~~


 それはフィオラが自前の杖を取り出し、いざどんな授業内容でも応えてやるぞと気合を入れたあとの会話だった。

 事務所で昨日の事件を振り返り終え、サディのコーヒーで一息入れたあと。満を持してアドラーによる授業は始まった。


「実戦的な魔術と言っても、基本的な事は変わらない。この聖王国では守護精霊が人と共にあり、多くは守護精霊と同じ属性を主は持つ事となるのは知っているね?」

「火、水、風、土の四つですよね」


「そう。複合などの例外はあれど、それぞれ特性があり、術者にとっては得手不得手の分類のようなものだ。お嬢さんの属性は火かな? いずれにせよ君は魔力の操作に長けているようだ」


 アドラーに言われ、フィオラは首を傾げてしまう。確かに自分の属性は火だが、それをアドラーに話したかどうか。

 それと、自分が魔力の操作に長けているとはどういうことなのか。自覚もないし、アドラーがどの点でそう判断したのかもわからない。


「その繊細さが強みになるかもしれない。だが戦闘となれば、基本的に大雑把だろうと出力があった方が有利だ」


 話しながら歩くアドラーは、ステッキを取り出し、それを宙に浮遊させて見せる。右へ、左へ。速度は速いのに、ピタリと止まる。


「守護精霊がそうしたタイプになって弱点をカバー出来るのか、それとも君の強みをより補強するタイプになるのか。全く違う精霊で行動を分担出来るのか。それらは成人の儀、祝福を持って守護精霊を授からなければ確定しない」


 ステッキを追うように、白い梟が姿を見せた。羽ばたかず、羽根を畳んだ丸いままだというのに、アドラーによる術なのか漂うように浮かんでいる。


「だからこそ、本来なら王国民は守護精霊を受けてから進路や修行の方向性を固めるものだ。なので具体的な修行はそのあとになるだろう。そこで、今覚えておいて欲しいのは魔術とは出力と術式との距離が大事だという事だ」


 浮かんでいた梟アウラがしきりに首を動かす姿に、ついフィオラの目を奪われていた。自分も今年は守護精霊を授かる年だ。それが楽しみでもあり、怖くもあった。


「出力は、自身の一度に動かせる魔力量」


 アドラーはステッキを床へと降ろす。自立したステッキはピタリと止まり、その背景となっていたアドラーの胸元の景色が歪んでいく。アドラーが魔力を固めているのだ。


「タンクの総量ではなく瞬発火力だ。この量と質が良ければ良いほど、術の効果は強い。これに関して得意な人物でも、大量に動かすのが得意なのか圧縮して質を高めるのが得意なのか。面のように押し出すのか、絞って突き刺すように出せるのか。それぞれで得意とする術は変わって来るだろう」


 目の前で歪んでいた部分が弾けるように消える。フィオラに感知眼はないので魔力の正確な移動は見えなかったが、おそらくアドラーは魔力を弾けさせたのだろう。


「術式との距離、魔力というエネルギーに方向性や結果を出させるための機構。この機構との繋がりが強い程威力の維持が出来る。例えば、昨日の戦いでコデン氏はウォッシャーに水の守護精霊による増強で威力と規模を増してはいたが、ウォッシャーという術式から切り離して飛ばしていたね」


 昨日の戦いを思い出す。床に置くことで油断を誘い、そのうえで守護精霊にウォッシャーの水球を床から飛ばしたコデンの行動。あの時はひやりとしたものだ。

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