第6話「あがき」
「ペト、水球だ! 奴を閉じ込めろ!」
コデンの叫びに応じ、彼の守護精霊ペトが顕れる。小魚の姿をした精霊は、床にウォッシャーから水球を一気に膨張させ、アドラーへと飛ばした。
対するアドラーはステッキを地面に立て、魔力を通して一歩下がる。その魔力が発動させた術式は、ステッキから樹木のような形状で、一瞬にして風の断裂を走らせ水球へと突き刺さった。
四散する水しぶき。その先で、コデンは次を構えていた。守護精霊の力で水を呼び、ウォッシャーの術式を増幅させていく。
水の精霊が嫌うもの、あるいは術者がイメージした敵対者を対象にした渦への封印術。
「こちらには二本あるんだ!」
先ほどより大きく成長させた水球がアドラーへと射出された。アドラーは一歩も動かず、その肩に居た守護精霊アウラが羽ばたいて旋風が巻き起こる。
アウラは大きな水球を切り裂くように散らしながら上空へと上がり、そこから急降下するような軌道でコデンへと迫った。
「ひぃ。く、来るなぁ!」
二本のウォッシャーを交互に使って隙の無い攻撃を目指していたコデンだったが、あそこまで魔力を込めて増幅させた一撃がアウラの羽ばたきだけで蹴散らされた事に動揺を隠せない。
上空から一直線に降りて来る梟、アウラに本能的な恐怖を抱いたコデン。その主人に守護精霊ペトが呼応する。
用意していた水球が大きく広がり、まるで結界のように水の膜としてコデンの周辺を覆いつくした。
術者として未熟なコデンとは違う、精霊の技を前にアウラは突撃をやめて旋回。アドラーはその視点から、水の膜が全方位を覆いつくしたことを知る。
「コデンさん、それでどうするおつもりですか」
数歩進み、再びステッキを手に取ったアドラーは、その先を水の膜へ向けた。銀縁眼鏡をなおしながら、ステッキを水の膜へと押し付ける。
「ふむ。どうやら、あなたの守護精霊はなかなか優秀のようだ。この檻は外敵の封印という渦を解放し、外に向けているらしい。なるほど厄介だ」
未熟なコデンが精霊の助けを借りて行った技、取り込む水球ならば散らす方法もあった。ウォッシャーに刻まれた術式から離された水球は持続力もなく、水を散らせば術が壊れる程度のものである。
しかしこれは術構成の元、ウォッシャーと繋がったまま水の膜となっており、かつ純粋な精霊の発露なので強度が違った。
とはいえ、強固な術で守りを固めたところで移動出来ないのであれば意味はない。
「もうじき巡邏隊も到着します。そろそろ抵抗は止したらどうですか?」
アドラーが声をかけるも、中から反応はなかった。そもそも声が届いているのかどうか。外に向けて渦が展開しているのなら、逆はともかくこちらの声は弾かれている可能性が高かった。
「ひ、ひぃ。ち、違うんだ。社長、そんなつもりは。離してくれ!」
そう思っていた矢先、中からコデンの叫び声があがる。続いて、何かが唸るような低い鳴き声が続いた。
「これはこれは。すまない助手君、どうやら僕は失敗してしまったらしい」
「失敗って、どういうことですかアドラーさん」
「そりゃぁ、アンデッド化阻止の話だよ」
フィオラの方に振り返ったアドラーは何とも残念そうに眉を曲げている。もしそうだとして、そんな悠長に構えている場合なのだろうか。
「なに、心配は要らないさ。この街は昔から、魔物に関しては防衛機構があるからね。最も、あとでお小言くらい言われるかもしれないが」
「まさか」
フィオラが思い当たる事に考えを巡らせる前に、目の前で水の膜が飛び散った。膜となっていた水は極限まで小粒にされたのか、霧のようになって一気に倉庫内を埋め尽くす。
「きゃぁ!」
「おっと」
その勢いにフィオラは思わず座り込み、アドラーはステッキをついてどうにか踏ん張った。
霧を割って出てきたのは怯えながら転がり込んで来たコデンと、それを追うように頭部を捩じ切られたアンデッドが一体。
二、三歩進んで床へと倒れ伏したアンデッドは、何かを求めるように手を伸ばしていたが、やがてその動きも止まる。
フィオラは初めて生で見るアンデッドというものに呆然としていた。知識では知っていても、目の前で見せられる忌避感は強く、見たくないのにアンデッドの首についた切断面を見てしまう。その傷口はまるで虫の集合体かのように蠢いていた。
そんな助手の反応とは違って、アドラーは何事もなかったかのようにさっさとコデンを押さえつけ、ステッキを押し付けて何かの術を発動させる。
「土属性の術は苦手なんだけどね」
アドラーは床材を少し削り、簡易な拘束具をコデンの手首につけていた。コデンの守護精霊であるペトはアウラが押さえ込み、これで抵抗は出来ない。
こうして、フィオラの助手としての初仕事となった失踪事件はわずか一日にして解決したのだった。
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