第4話「呼び出し」

 リオ・コデンはサディに案内されるまま、昼と同じようにフィオラの向かい側へと座る。アドラーは奥の机前でステッキを手に、コデンが紅茶を飲んで落ち着くのを待った。


「急な呼び出しで申し訳ないコデンさん」

「いえ、厄介な頼み事をした身ですから。それで、何か聞きそびれた事でも?」


 コデンの問いに対し、アドラーは勿体付けるように溜めてからニコリと笑ってみせる。


「それなんですがコデンさん。その厄介な頼み事は無事解決しそうです」

「……え!?」


 昼に相談したばかりでその返答は予想外だったのか、数秒目を見開いて固まったコデンは大きな声を上げて立ち上がっていた。


「そ、そんなにすぐ解決するものなんですか!?」

「もちろんです。コデンさんは僕の評判を聞いてここに相談に来たと思いますが、巷ではどのように?」


「それはもう。彼に相談して解決できないことはないルモニの賢者、天の眼を持つ男。その深い洞察と叡智はデアル公国の老エルフ(シャルフ人の俗称)にも、ラフトの大祖霊にも匹敵するとか。いやはや流石ですな」


 身振り手振りを交えた大層な言われように、アドラーの笑顔が引き攣るのをフィオラは見逃さなかった。どうやらアドラーにとって、今の評判は行き過ぎているものらしい。


「それは何とも、我がことながら畏れ多い異名だ。実際はただの中年男です。とはいえ我がアドラー家には多くの秘術が継承されておりますから、そのせいでしょうね」

「秘術、ですか」


 話の移り変わりを察したコデンは再びソファに身をおろし、紅茶のカップを口へと運ぶ。二口ほど飲んだのを見てからアドラーは話を続けた。


「ええ。始まりの十人はご存じですか?」

「聖王国建国の伝説ですな」

「はい。その十人が一人、大鷲グリフォンと契約したものが何を隠そう我がアドラー家の源流でして」

「なんと」


「何を驚く事がありますか。ここルモニの領主も同じく始まりの十人が一人”要塞の主”を祖に持つもの。現に、英雄アトラ・リスレットは伝説に名高き鎧竜を受け継いでいるでしょう?」

「そ、それは。確かにそう聞き及んでおりますが、何分我々のような下々の者にはどうにも夢物語でして」


 コデンは懐から取り出したハンカチで額を拭う。彼からすれば伝説など空想上の話とそう変わらないのだろう。フィオラにとっては身近な話なので今更驚きはしなかった。


「なに、そこまで特別視することもない。ただ単に受け継いできた力と、建国に関わった者としての責務があるに過ぎません。領主が砦としての力を維持しようと努めるように、僕も全力で解決を目指しただけです」


「……それで、社長は何処に?」

「それなんですコデンさん。とても伝え難い事なので、わざわざお越し頂いたのですが。どうか気を確かに聞いてください」


 何度目かの勿体つけるような溜めを間に入れて、アドラーはステッキを床につき、わざとらしく重そうにその口を開く。


「残念ながら、ヴィーメン社の社長は既に亡くなっています」


 それを聞いたコデンは声にならない声をあげた。その顔色はフィオラから見ても悪く、持っていたハンカチを握りしめているのが見える。


「どうか。どうか落ち着いて下さいコデンさん。アドラー家の秘術により、その魂の状態を把握しただけです。範囲は力の及ぶ距離、つまりこの街の何処かなのは間違いありません。それに」

「それに?」


 俯いてしまったコデンに諭すように、優しい声色でアドラーは続けた。


「おそらく事故死だったのでしょう。浄化がなされていないようなので、そのうちアンデッド化して場所もわかります。そうすれば、社長が持っていた帳簿もそこで見つかるはずです」

「な、なるほど」

「お悔やみ申し上げます。なるべくならアンデッド化も阻止したいところではありますが、間に合うかどうか」


 アドラーが思い悩んだように顎に手を当てたところで、扉側に控えていたサディが一歩前に出る。

 フィオラからすると何ともいきなりの動作でわざとらしく見えたが、幸いにしてコデンはそちらを見ていなかった。


「旦那様、街中でアンデッドだなんて。被害が出てしまう前に、神殿に話を通して神官の手配をしなくてはなりませんね」

「見つけても居ないアンデッドのために、多忙な神官の手を借りるのは難しいだろう。何、幸いながら浄化方法は他にもある。なるべく僕らで何とかしよう」


 アドラーがさっとステッキを短く持ち、反対の手のひらにパシリと打ち付ける。この音が合図だった。


「アドラーさん、その浄化方法とはどういったものなのですか?」

「なに、心配は要らない。簡単だとも。ご婦人にこういう話をするのも何だが、宿所やちょっと洒落た店に入った事があるなら、御不浄用の道具はわかるね? ウォッシャーとよく呼ばれる奴だ」

「え、ええ」


 アドラーの言っている道具の事はフィオラも知っている。庶民の日用品とは言えないが、中流階級以上なら使う機会も多いトイレの魔道具だ。

 タクトのような棒状の道具で、小さな棍棒のように先が太くなっており、流水用のスリットが縦に二つ入っている。


「原理的にはそれで良いのさ。あれは古い封印術式の民用化だからね。魔力を流して棒の先を流水に入れるだけで、戻した棒の先を覆うように水球を保持してくれる。あとはそれで穢れに触れれば、スリットからの流れに巻き込まれて余分なものは渦に閉じ込められる」


「余分なもの、ですか」

「正確には水の精霊が嫌うもの、だが。なに、そもそも魔に対抗する手段だったのだから、元の使い方をするだけだとも」

「それで、その穢れは普段使いのように流してしまって良いものなんでしょうか」


 トイレで使用する場合、上水から水球をとって使用したあと便器の上で魔力を止めれば水球が解除され下へと落ちて下水へと流してしまう。


「人ひとり分くらい問題はないよ。とはいえ、水による浄化は隔離するだけで滅してはいないからね。隔離した分は容器に移して、後日神殿で浄化してもらうのが無難だろう」

「ええっと、方法はわかりましたが。まさかアドラーさん、トイレのウォッシャーを手に探して回れと?」


 いくらウォッシャーが封印術だとしても、今の常識でそれはトイレ用品だ。それを手に、何処で倒れているかもわからない社長を探して練り歩かねばならないというのだろうか。

 例えそれが助手の仕事だと言われても、フィオラは年頃の娘としてその要求は断らなくてはならない。


「原理の話だからね。僕は自前で再現できるし、そもそもウォッシャーでやるなら何本もないと大人一人を浄化する出力はないだろう。というわけで、コデンさん。我々はアンデッド化阻止のため捜索を開始します」

「あ、はい」


 話を振られ、黙り込んでいたコデンは慌てたように顔をあげた。アドラーがフィオラと話していたせいか、当事者意識が薄くなっていたらしい。


「ともかく失踪から三日ですから、数日とかからず居場所は判明するでしょう。アンデッド化を阻止出来れば良し。出来ずともこの街の魔物対策は万全ですので、発生後すぐに判明することでしょう。どうか安心してお待ちください」


「あ、ああ。それは、良かったですとも。ええ、これで従業員たちも安心できます。流石ルモニの賢者だ!」

「いやー、それほどでもありませんよ!」


 勢いよく立ち上がったコデンは、アドラーの手を握り激しく上下させた。大きな声で笑い合うアドラーもコデンも張り付いたような、にこやかな顔をしている。

 横で見ているフィオラとしては下手くそな演技を見せつけられているかのような、何とも居心地の悪い心持だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る