第十三話 ロシエントの真実





 意味の分からないまま三人をチャーリー地帯まで運び、意味の分からないままスキンヘッドの彼を本部まで連れていった。医療専門の建物があると思うのだが、特に説明も受けていないためどこにあるのか分からず、とにかく本部へ運ぶしかなかった。


 チャーリー地帯に戻った時、俺は軽く絶望した。セーフゾーンから映り込むのは、果てしなく巨大なゴリラ。それも、他の巨獣よりも俊敏性が高い。自己治癒速度がどうとか言われたが、巨獣の強化がこれ以上続くのは、流石に危険だろうと俺でも分かった。


 パソコン画面を確認する。緊急時、というのもあって、あれ以外に巨獣はほとんどいないようだった。この戦争でカミラが卒業することはないだろう。とにかく一息吐いて、椅子に腰を下ろしてゴリラを見上げる。三人の姿は細かくてよく映らないが、ゴリラは嗄れた声で苦しそうに咆哮を上げていた。


 直後、ゴリラは跳躍した。数メートルほど体を浮かし、前方へ倒れ込むように着地する。大地は大きく振動し、僅かな地響きがここまで伝わってきた。三人はそれを上手く回避すると、そのうち一人だけをそこへ残してこちらに駆けてきた。


 やがて、その二人──ナディアとフェリシア──の姿はくっきりと視界に映り込むようになり、それに伴って砂嵐に襲われる。ほどなくして、二人の気配が目前にまで到着すると、ナディアのか細い声が聞こえてきた。


「赤坂。カミラは……私たちは、何なの?」


「……今は戦いにだけ集中してくれ。終わったら、真相を知っている奴に問いただしてくる」


「赤坂さん」交代するようにフェリシアが口を開いた。その声は酷く掠れ、震え、悲しみに打ち負かされたようなか細いものだった。


 視界を開放する。同時に、彼女たちは段ボールのもとまで移動した。やがて、それぞれいくらか魔力を身体に受け取ったのち、ナディアはすぐさま戦場へと戻っていった。


 フェリシアは彼女の後ろ姿を眺め、未だ続きの言葉を話さずにいる。「……何だ?」催促するように俺はそう訊いた。


 そして、一呼吸分の間を置いて、彼女は訥々と話し始めた。


「カミラが、言っていました。あの青年は人間のはずなのに、まるで巨獣のように思えてしまった、と。巨獣を倒すかのように、襲いかかってしまった、と」


 思考が、追いつかない。そんな俺を置いて、彼女は最後に言い残した。


「──私たちも、巨獣なんでしょうか」


 瞬間、再び刺すような砂嵐が巻き起こる。八つ当たりのような彼女の唸り声が遠ざかっていった。


 やがて、覆っていた腕を下ろし、視界を開放する。同時に、ゴリラの下半身は巨大な爆発を起こし、片足と腹の中の異物をそこらに散らした。数秒後、体勢を崩したそいつは頭から地面へ倒れ込む。その頭部も、たちまち弾き飛んだ。


 画面を確認する。他の巨獣の生命反応も、全て消失していた。


 世紀末のような光景だったが、何とか勝利は収めたわけだ。戦場には三人の影が映り込んでくる。立ち上がって英雄の帰還を待っていると、その影に大きな違和感を覚えた。


 やがて視界に映り込んだのは、ナディアとフェリシアが肩を貸して、カミラが辿々しく片足を引きずらせながら歩いているという光景。俺は即座に身体強化を用い、彼女たちの方へ駆けていった。


 カミラは片腕と片足から、もはや肌の色がどこにも見受けられないくらいの血を流していた。他にもところどころに深い傷を負っている。田淵は〈ロシエント〉の治療班を設ける必要がないとしていたが、それは力量に信頼を得ているから。今のように、重傷を負うケースは想定していないものだと思われた。


 ブレーキをかけ、彼女たちへ歩み寄る。残りの二人は今にも泣き出しそうな顔で、そっぽを向いていた。


 終わるのだろうか。途端に絶望が押し寄せる。カミラはここで、逝ってしまうのだろうか。


 いつの日か、フェリシアは言っていた。二千二十匹倒していない状態で死ぬのは、恐ろしく怖いと。せめてもの幻影を見ることもままならないまま、カミラは死んでしまうのだろうか。


「……心配、……要りませんわ」彼女は痛みに顔を引き攣らせながら、力強い笑みを浮かべて続けた。「……わたくしたちの傷は、どんなに深くあれ、自然に回復していきますもの」


「それにも限度があるだろう……!」人間の再生能力のことを言っているのだと思い、次第に目尻から涙が垂れた。


 田淵へ連絡するため、無線機を繋げようとする。だが、ナディアは俺の手を優しく握ると、怒りと悲しみが混ざり合ったような顔で首を横に振った。何か言いたげな様子でもあるようだったが、彼女は次第に顔をしかめた。


「赤坂さん」カミラは血塗れの片腕に視線を落として笑った。「もう、痛みは退いてきていますわ。わたくしたちは、巨獣のように、自己治癒速度が早いですから。そう……」


 彼女の笑顔は、途端にもの悲しげなものになる。そして、「巨獣のように」と機械的に繰り返し、引きずっていた片足でたちまち正常に立ち上がった。


「はは……」


 そうか、と俺は笑う。これまで田淵から提示されてきた謎の粗方が、ようやく一つの答えへと集約されていることに気がつく。


 どこまでも救いがないな、彼女たちには。





 彼女たちを洋館まで送った頃には、本当にカミラの傷口はほとんど閉じかけていた。真相を知るため、急いで本部へと向かった。


 人混みを掻き分け、そそくさと三階へ急ぐ。オフィスに駆け込み、田淵のいる部屋へ着くと扉を開けた。


 中には誰もいなかった。扉を閉め、応接ソファを思いきり蹴って憤りをぶつける。壁にかけられた時計に目をやると、まだ戦争が終わってから三十分と経っていなかった。


 くそ、と腹立たしくなって声を上げる。何かを壊したい衝動に駆られて彼の机に足を運ぶが、特に目立ったものは置かれていない。付属された引き出しを開けるも、綺麗に書類がいくつか入っていただけだった。


 一番上に重ねられた書類の題名に目を細め、手に取って捲ってみる。そこには、一年前の〈ロシエント〉の出撃記録が記述されていた。


 さらにページを捲っていくが、〈ロシエント〉の運命は幾度となく冷徹に記されている。その中で一枚、内容の違う用紙が差し込まれたページがあった。


『プログラムZ』と題されたそれは、『本計画は内密に』と続いていく。そのまま読み進めようとした矢先、──ドアノブが回された音がした。


 反射的に顔を上げ、扉の方に目をやる。耳にスマホを当て、誰かとの会話に上の空になっていた田淵は、こちらの存在に気づくことはない。そっと書類をもとに戻し、あたかも待ちわびていたような振る舞いで彼に歩み寄った。


「田淵!」


 彼はびくりと肩を震わせると、「では」と通話を切り上げる。スマホを懐に仕舞うと、人が変わったように口角を一気に上げた。


「どうもぉ、赤坂さん。今度はどうされました?」


「どうせ分かってるんだろ……!」


「ああ……」彼は顎に手を添え、わざとらしく考え込む素振りを見せてから続けた。「〈ロシエント〉の一人が、部下を襲ったみたいですね」


「田淵……!」ジリジリと詰め寄り、やがて胸倉を掴んで気味の悪いその顔を睨んだ。「あれはどういうことだ!」


「ああ、ご心配なさらず」彼は力技で俺の手の解くと、歪んだ襟を直した。「今回は我々のミスなので、あなたが罰を受けることはありません」


「それよりも! 話すべきことがあるだろう!」


 俺の叫びに、彼は一層口角を上げると、ようやく本筋を切り出した。


「来たる日が、訪れましたねえ」


「何だと?」


 彼は眉間を押さえると、「まず一つ目」と前置きをして俺の顔を見据える。やがて不敵な笑みを作り上げると、楽しそうに話し始めた。


「なぜ〈ロシエント〉は、あれほどまでに人との接触を避けられ、敷地外から出てはいけなかったのか。なぜ〈ロシエント〉は、あれほどまでにずば抜けた戦闘能力、自己治癒能力を持ち合わせているのか」彼は一歩、また一歩と歩み寄ってきた。「この答えは、襲った張本人が一番よく実感したはずです」


「つまり……」察してはいたが、彼の口から明かされたことで、ようやくそれは確信へと至った。「あいつらは、やっぱり、巨獣だと……?」


 彼はあひゃひゃと腹を抱えて笑い、その場によろめいた。「そうです! その通りですよお! だってねえ、あなたは〈ロシエント〉の戦闘しか見てないので分からないと思いますが、今の人類だけで巨獣に太刀打ちしていくのはかなり難しいんですよぉ。ですから、この現状を打破する兵器がほしかった。そうして我々は、巨獣と人間を融合させて、戦闘能力が極めて高い兵士を生み出すことに成功しましたぁ。ですがまあ、何せ種族が違うものですから、なかなか適合してくれる確率が渋くてですねえ、大量の実験体を必要とするんですよ。そこで、社会から吐き出された孤児たちを使っている……というわけです」


「それで適合出来た奴らが、〈ロシエント〉ってか……?」


「ええ。適合と言っても、もう人間ではないですが」彼は俺の顔を覗き込んで続けた。「何せ、彼女たちは巨獣の習性を引き継いで、魔力を求めますから。とはいえ、一応理性がありますから、魔力を確認しない限りは普通に生活したり出来ますし、恐怖や衝撃を受けると、衝動が引っ込んだりしますがね」


 そこまで話すと、彼は大袈裟に手を叩いて盛り上がった。過呼吸になるまで笑い転げた彼は、息を切らしながら「二つ目も明かしましょう」と切り出した。


「なぜ〈ロシエント〉に、天国を信じ込ませたのか。なぜ羽根は生えたのか。その答えは全て、〈ロシエント〉が巨獣だから、に直結します」


「どういう意味だ……?」


 焦点の合わない目で睨みつける。彼は、一気に言いますよ、と笑った。


「天国を信じ込ませる必要性についてですが、それは……〈ロシエント〉を暴走させないためです。……彼女たちが巨獣を一匹倒すごとに、本人の体内に眠った巨獣の本能は、仲間を傷つけたことに対して憎悪を抱きます。一つ、また一つとそれは倒すにつれて機械的に膨らんでいき、二千二十匹まで到達すると、体内の巨獣の力は爆発……、初めの兆候として、彼女たちに適合させた鳥の巨獣が羽根を生やし、そうして、いずれ自我まで壊され、暴走を始めるんです。そうなったら、人類側の被害は甚大です。……だから、そうなる前に、死んでいただく必要があったんですよ。……せめてもの情けとして、あんな豪邸で暮らさせたり、その死を煌びやかなものにするために、幻の幸福を与えさせたり、羽根を輝かせたりさせて、ね」


 最後の方になると、彼はつまらなさそうな顔でソファに腰を下ろしていた。「そんなどうでもいい情けなんて無用ですのにねえ。ま、私では〈ロシエント〉に近づけませんので、どのみち死の瞬間の絶望顔は見られませんが」


「そうだ」ふと彼の言葉から、まだ訊きそびれていたことがあったことを思い出した。「どうして、俺は近づけるんだよ……」


「それが、あなたが適正だった本当のわけです」彼は俺の顔を見据えると、やがて笑みを取り戻して続けた。「あなたには、魔力が身体にありません。巨獣は魔力なしと、死人の死んだ魔力には食いつきませんから」


「……そうか」


 確かにそうだな、と俺は得心して、ぎこちなく頷いた。





 彼女たちは、巨獣を二千二十匹倒せば羽根を生やす。その姿は神々しくて、まるで天使のように美しい。


 だが、それと同時に、悲しくもある。


 エンジェルナンバー、二千二十の意味は、『あなたの信念は正しく、夢が実現化する』というもの。


 彼女たちにとってそれは、喜ばしいことだろう。


 だが、その信念は、夢は、死んで天国に行くこと。


 どこまでも神様は、悪性なんだ。




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