第十二話 惨状





 五人いた人数が三人にまで減ると、流石に喪失感が酷かった。食事をする時、一緒に遊ぶ時、度々ルシアナとイザベラの幻影を見ては、目尻を擦って消していた。


 二十三時。俺は引き寄せられるように外へ出て、玄関先の石段に腰を下ろして星空を見上げた。だが、途端にイザベラのことを思い出し、連鎖反応でルシアナの笑顔が脳裏に過ぎり、顔は地面に額がつくような勢いで俯いていく。


 何してんだろ、と一人呟く。巨獣の正体は掴めていないようだし、このままでは、次の戦争でカミラも卒業し、残った二人も運命を避けられない。やがて俺の心も、非の打ちどころのないくらいにまで壊れることだろう。


 ふと、誰かが階段を下る足音がして、後ろを振り向く。そこにはフェリシアがいたが、彼女は俺と目を合わせると、冷たく視線を逸らした。


「フェリシア」何となく、俺は察した。「見限ったか」


 彼女はうんともすんとも言わなかった。一階に足をつけると、トイレの方へ体を向けて立ち止まった。


「私、実は、ルシアナが卒業する時、狸寝入りしてました。だから、あなたがどれだけ悲しんでいたか、知っています」


「……俺を嫌いになったよな」


「……嫌い、なのかは分かりませんが」彼女は睨むような目で俺を見据えた。「やっぱり……自分勝手が過ぎるって、思います」


「要するに、俺が嫌いなんだろう」星空に向き直り、気づかれないようにため息を吐いた。「どうせ、その日は来るって分かっていた」


 返事は一向に来なかった。まるで回線が切断されたかのように、彼女は途端に沈黙する。やがて、こちらへ足音が近づいてきた。


「意味が分かりません」ふと発せられたその声は少し恫喝的だった。「私たちが間違っている、って言いたいんですか?」


「ああ」俺はすぐに肯定した。「何せお前らは、魔術によって、二千二十匹倒せば天国の扉が開いて、死ぬことでそこに行けるものだと思い込んでいるからな」


「意味が分かりません」少し間を空けて、機械的に繰り返した。「……意味が分かりません」


「ああ。お前らからしてみれば、俺はろくでもない嘘吐きだろう。これが真実だって何度高唱しても、お前らの中で常識が変わることはない。もし変わっても……運命は避けられないがな」


 背後で彼女は立ち止まる。ふと、何の前触れもなく頭が掴まれたかと思えば、強引に体ごと彼女の方へ向かされた。


「おい、何する」


 控えめに抗議するが、泣き目になりながら怒りを露わにしていた彼女は、一発、忌憚のないビンタを俺の頬へ食らわした。


「天国はあります。だから、私たちはそこへ行くんです」冷酷な声で、突き刺すような目で睨みつけてきた。「ふざけないでください」


 彼女が俺に、いや誰かに、こんな風に当たったことがあっただろうか。少しの間記憶を探るが、出てくるのは温厚で優しい雰囲気のみ。瞬きすら忘れて、俺は固まっていた。


「と、言えば」彼女はふと、もの悲しげに笑った。「あなたにかかっている邪悪な洗脳が解けるかなと思ったんです」


 彼女は何歩か後ずさり、「すみません」と一礼する。


 ああ、と声を絞り出せるまで、少し時間を要することになった。





 昨日、あんなことがあったからだろう。俺が目覚めたのは、六時半だった。


 急いで身支度をし、食堂へ駆ける。もう三人は、食卓に集まっていた。


「赤坂」ナディアがドタバタと走り寄ってきた。「朝ご飯はまだ?」


「すまない」すぐに他の二人にも謝罪した。「今すぐ取ってくる」


 懐の魔力水晶の感触を確かめ、急いでガレージへ駆ける。ふと背後を振り返ると、カミラとナディアが追いかけてきていた。


「赤坂さん、何度呼びかけても起きないんだから。早くしてよね」カミラが頬を膨らませ、ナディアは無言で粘りつくような視線を送ってきた。


 瞬間、二人の隣にルシアナが映り、俺は動きを止めた。こういう場面で三人揃っていない光景には、慣れるまでいくらか時間が必要みたいだ。すぐに首を横に振って現実を映し、さっさと運転席に乗り込んで車を発進させた。


 中庭を抜け、森を抜け、平地に出る。もう少しで工場の影が見えてくる辺りで、車内に無線機のノイズが響き渡った。そして、今一番耳に入れたくない最悪の人物の声は、たちまち聞こえてきた。


『やあやあ、赤坂さん。もう一人卒業されたみたいですが、気分はどう──』


 多分、今こいつと会話すれば、押し込めていた様々な感情が爆発して、俺はどうにかなっていたと思う。


 だから、苛立つ前に、早々に電源を落としておいた。





 朝食を乗せた船は、まだギリギリ滞在していた。四人分を受け取り、急いで引き返す。


 森へ入り、門扉が見えてくると、やがて軽トラックが停まっているのが分かった。続いて視界には、門扉にもたれて欠伸をするスーツ姿のスキンヘッドが映り込む。ミーティングにはまだ時間があるし、迎えに来るのも初日だけのはず、と俺は目を細めた。


「赤坂さん、ですよね」声の聞こえる位置で停車すると、彼は呆れたような目でフロントガラス越しに俺を見た。「どうして無線機の電源を切りますかね」


「自分の身を守るためだ」


 何か話があるのだと思い、外へ出ようとする。だが彼は面倒くさそうな顔で、出るな、と手でジェスチャーした。


「急いで〈ロシエント〉を乗せて、ブラボー地帯の東側、チャーリー地帯に向かってください」


「なぜだ?」


 何があった、とつけ加えようとしたところで、喉に焦燥感がつっかえて言葉が発せられなくなった。彼の数十メートル後ろにカミラが、少し出遅れてナディアがこちらに走ってきているのが分かったからだ。


「緊急事態です。どうやら、巨獣の自己治癒速度が向上しているようで、まだ再生しきっていなかった巨獣が──」


 彼の話は、半分くらい入ってこなかった。彼を見つけ、途端に悦に入るような顔をして加速するカミラが異様におっかなく感じられて、色々と思考が混乱していた。


 彼女の姿が彼と重なった、およそ一秒後。背中から血飛沫を飛び散らせた彼は、白目を剥くと、やがてその場に倒れ伏した。


 彼の背後にいたカミラの右手は、手刀を形作っていた。血塗れたその腕を小刻みに震わせ、彼女の目は次第に焦点が合わなくなっていく。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 彼女は耳を塞ぎたくなるような叫び声を上げ、膝から崩れ落ちた。


 この惨状を作り上げたのは、カミラだった。



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