19 朝
12/15(水)
真波はスマートフォンの目覚ましの音で目覚めた。朝食の時間までに余裕を持って支度できるよう、昨晩設定しておいたものだ。
音が煩わしい。とりあえず止める。布団から肌を出すと、寒さが全身にまとわりついてくる。普段なら母に起こされるまで二度寝するのだが、クラスメイトと旅館で共同生活という環境であれば、自然と眠気は消える。しかも同じ部屋なのが柚果と詩織であれば、真波がなおさらしっかりしなければならない。
思い出した。昨日は柚果と詩織と喧嘩したのだ。
うっざ。真波、最近うちらと全然仲良くしてくれないよね。うちらのこと嫌いなら、もう一緒にいなきゃいいのに。――身体の内側から何かが湧き上がってくるように、あのときの嫌な感覚が蘇る。昨夜二人は結局、真波が起きている間には帰ってこなかったのだが。
隣の布団が動いた。柚果のふわくしゅパーマの後頭部が見えた。その奥には詩織の寝顔もあった。すぐに起きる気配はない。とりあえずそっとしておこう。真波も布団を被った。
二人にかける第一声を考えながら、スマホの画面をつけて、指紋認証でログインする。ん? 目を見開けて顎を突き出した。黒い背景に白い文字で、『問題が発生しました。アプリを閉じてください』と表示されている。
ホームボタンを押す。ホーム画面に戻った。さっきの画面は、昨日寝る直前までやっていたファンタスティック・ワールドのアプリだった。アプリを終了させて、試しにもう一度開いてみる。黒い画面の真ん中で白い丸がしばらくぐるぐると回る。消えたと思ったら、またさっきのメッセージが表示された。アプリ自体の問題だろうか。みんな同じ現象なのだろうか。
ゲームができなくなったとなれば少々暇を持て余す。適当にアプリを開いては閉じたり、ニュース記事を流し読みしたりする。それに飽きたあとは布団から出て、のっそりと服に着替える。
「そろそろ起きて」
精一杯捻り出した言葉だったが、うーんといううめき声しか返ってこなかった。柚果と詩織はもぞもぞと起き上がると着替えたり髪を梳かしたりしはじめたが、その一部始終はまるで真波と目を合わせないよう意識しているようだった。
朝食を食べるときも静かだった。食事の席は班ごとで決められているから、嫌でも同じ席でご飯を食べなければならない。柚果と詩織は二人同士でも話さなかった。真波に話が聞こえることさえ嫌という心理なのだろうか。いつもなら、特に興味のない恋愛話でも相槌を打てるように耳を澄ませていなければならない。今はこの妙な沈黙が気持ち悪くて、箸も進まない。
今日はスキーだ。一人ぼっちは避けられないだろう。柚果と詩織以外、一緒にスキーを楽しんでくれそうなクラスメイトはいない。みんなが友達と一緒にリフトに並んだり滑ったりする中、一人で行動しなければならないのだ。蔑みの目でじろじろ見られるに決まってる。できればそんな恥はかきたくない。
体調が悪いと先生に言って、ホテルに残ろうか。いや、家に帰ったら、母はスキーの写真を求めてくるだろう。体調が悪くてスキーはできなかったと言っても、母は仮病を使ったことに勘付くかもしれない。母に心配の目で見られるのも嫌気が差す。
考えても考えても堂々巡りだ。隣の席の橋村と横田は、朝から暢気にファンワーの話で盛り上がっている。真波は悩みから逃げるように、二人の話に意識を向けた。
「城のステージ、結構敵つえーわ」
「もう城まで行ったのかよ。今、何番目の試練?」
「最初の怪物。ラスボスじゃねってぐらい強くて、何回も負けてやり直してる。今ライフが回復するの待ってる」
ライフとは、ワンプレイするごとに減り、一定時間経過すれば回復するものである。とすると、橋村はさっきまでファンタスティック・ワールドをプレイしていたことになる。
「そうそう、俺はまだ森のステージなんだけど、行き詰まっててさ。こういう場合はどうやって戦えばいいんだよ」
横田が橋村にスマホの画面を見せた。ちらと画面が見えたが、確かにファンワーのプレイ画面が映っていた。ファンワーのアプリが開けない現象はもう回復したのか。真波はこそっと机の下でスマホを操作した。
おかしい。『問題が発生しました。アプリを閉じてください』の表示が出るのは変わっていなかった。真波は一人首を傾げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます