16 堺町通り商店街
結局そのあとの自由時間、橋村や横田とも、柚果や詩織とも再会することはなかった。真波はグループLINEで連絡を試みたのだが、詩織から「他の班も別行動取ってるみたいだし、適当にしてればいいんじゃない?」とだけ返信が来た。あとは既読スルー。必然的に高根と行動をともにすることになった。内心運がいいとは思った。
美術館の中を巡ったあとは、堺町通り商店街をぶらぶら探索することにした。一片の曇りもない快晴に、風のない凍てついた空気。それほど寒さを感じなかったのは、暖冬のせいだろうか、緊張のせいだろうか。ところどころ雪をまとったレトロな町並みは、普段の生活環境とは異次元の雰囲気だった。
高根はレディーファーストのごとく、真波に行き先を委ねた。真波も遠慮してどこにも入らなければ会話が続かず気まずいので、とりあえず店の中に入る。
堺町通り商店街の開始地点にある浪漫館では、アンティークな店内とキラキラ輝くガラス雑貨の調和に、心が満たされた。思わず緊張を忘れて、綺麗なガラス細工の品々に魅入ってしまう。
せっかくお店に入ったのに、何も買わないのはケチだと思われるかな。それとも、一軒目で買うのは金遣いが荒いと思われるかな。時間が経つにつれて、そんなことを考えるようになる。店の中を一周すると、長時間同じ店に滞在しているのは男子にとっては退屈だろうと思い、別の店へ行くことにした。
通りを歩くと、これまたおしゃれなガラス細工のお店に出くわす。都会の商店街のように店が密集していないのがいい。内部に入ると、どこも独特な幻想世界にワープするよう。
見ているだけでワクワクするようなオルゴール。看板や旗を見るだけでお腹いっぱいになる食べ物屋さん。
しばらく歩いていると、『北一』という文字をよく見かける。それだけでCGグラフィックになりそうな硝子細工だ。コップも皿も、使うのがもったいない。迷いに迷って、真波はゆらゆらガラスを買った。色違いを四つ。一つは父の仏壇に飾ろう。
郵便局があるメルヘン交差点に来たら終わり。集合場所へ行くためにも、通りを折り返す。時間はまだあるが、会話がなくなって気まずい。真波は会話になりそうなことを考えては頭の中でシュミレーションする。高根くんは普段スマホでゲームとする? ファンタスティック・ワールドっていうゲーム知ってる? しかし、沈黙を破る勇気がない。
高根の顔色をちらと伺う。高根は何も気にしてなさそうに、どこか遠くを見ながら歩いている。楽しくないのかな。そう思うと、急に寒くなる。
なに一人で舞い上がっていたのだろう。色々思考を巡らせてバカみたい。思い返せば、今までに見た高根の笑顔はどれも心がこもっていないようだった。人に心配をかけないよう口角を上げるだけ。真波は身を持って知っている。
「ねえ、パフェ食べない? あまとうのクリームぜんざい」
驚いた。高根から言ってきた。真波は小刻みに何度も頷いた。
対面で座ると、より緊張する。クリームぜんざいを一口口に運んで「美味しい」と一言ずつ言い終わった後は、喉が詰まるほど沈黙に困る。テーブルに置いていたスマホが震えたから、真波は逃げるようにスマホを見た。
「班のグループLINE?」
「ううん、ゲームのライフが満タンになったっていう通知」
「小田原さんってゲームやるんだ。何のゲームやってるの?」
「ファンタスティック・ワールドっていうゲームだよ」
「そうなんだ。俺もやってる。面白いよね」
心の中でガッツポーズする。幸運にも、自然な形で一番話したかった共通の話題に繋げることができた。
それからは、ファンワーの話で盛り上がった。お互いのキャラクターを見せ合ったり、フレンド登録して自分のキャラクターを交換したり、一緒にストーリーを進めたり。その合間に食べるクリームぜんざいは、あっさりとしたソフトクリームとほどよい甘さのあんこが舌の上で絶妙に溶けて、火照った身体にスッと流れていくようだった。
集合時間が近づくにつれて、ゲームの話題は不自然に収束した。『二人だけの自由時間』はどんな風に終わりを迎えるのだろう、真波はそんなことばかり気にしていた。集合場所に着くと、結局どうやって区切りをつけていいか分からず、うやむやにみんなと合流して不完全燃焼で終わった。
あそこでああ言えばよかったと後悔しながら、真波はホテルの温泉に浸かっている。
隣では、詩織と柚果がギスギスしていた。詩織に訳を聞くと、あんなに楽しみにしていたソフトクリームが、夏季限定だったために食べられなかったらしい。インスタ映え写真を狙っていた小樽運河も、修学旅行生や外国のツアー客が集って、思うような写真が取れなかったようだ。
「ちゃんと調べてあげられなくて、ごめんね」
真波が二人に向かって言った。ソフトクリームも小樽運河も詩織が言い出したことだが、班長の名目上、真波にもいくらか責任があると思われているように感じた。謝ってこの不穏な空気から逃れられるなら、そのほうがいい。しかし、二人とも黙ったままだった。
後ろめたさを感じながら真波は温泉から上がり、浴衣に着替えて髪の毛を乾かす。部屋へ戻る支度をしていると、背後から柚果と詩織の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。どちらかが謝った様子はないが、もう仲直りしたらしい。
振り返ると、スマホで自撮り写真を撮っていた。後ろでは普通に人が行き来している。いくらなんでも、これはありえない。
「ちょっと、ここ脱衣所だよ。写真撮るなんて非常識でしょ」
真波は耐え切れず口走っていた。
「でも、裸の人は写ってないし、別にいいんじゃない?」
詩織がキョトンとした顔をする。
「写ってないからいいとかっていう問題じゃないの。この場で写真を撮ること自体がいけないの」
「いいじゃん別に、ちょっとぐらい。小樽でいい写真撮れなかったんだから、早くインスタに浴衣の写真をあげたいの」
柚果はスマホを操作する手を止めない。真波は思わず柚果の手首を掴んだ。
「ネットに上げるなんて言語道断。写真は今すぐ削除しなよ」
「はあ? だから写ってないんだから別にいいじゃん!」
柚果が声を荒げた。周りがざわつく。大人や年配のひそひそ話に耳を傾けると、やはり脱衣所で写真を撮る柚果が非常識だという意見だった。それは柚果や詩織の耳にも届いたようで、二人はばつが悪そうに目を泳がせていた。
「柚果、インスタにアップすると炎上するかも」
詩織が柚果に耳打ちするのが聞こえる。
「分かったわよ! 写真も消せばいいんでしょ! ほら、消したわよ! これでいいんでしょ!」
柚果は顔を真っ赤にして、まるで鬼ような形相で怒鳴った。真波は金縛りにあったように何も言えない。どうしてこんなに怒られているんだろう。何が起こっているんだろう。
すると、柚果は真波を睨みつけ、顔の表面を震わせながら吐き捨てた。
「うっざ」
胸をハンマーで殴られたような衝撃が走った。水をかぶったように寒くなったと思えば、燃えるように身体が熱くなる。
柚果は地面を踏みつけながら去っていった。
「ちょっと柚果!」
詩織は柚果を追いかけようとしたが立ち止まり、真波のほうを振り返る。
「うざいっていうか、真波、最近うちらと全然仲良くしてくれないよね。うちらのこと嫌いなら、もう一緒にいなきゃいいのに」
血の気が引いた。詩織は走って柚果を追っていってしまった。
少しでも動いたら崩れ落ちてしまいそうで、真波はしばらく、その場を動けなかった。
気づいたら部屋に戻っており、電気を点けたまま、真波は布団の中に潜っていた。携帯の時計を見ると結構遅い時間だが、柚果と詩織は戻ってこない。かといって何を話せばいいかわからないので、二人が戻ってくる前に眠りにつきたかったが、一向に眠れない。柚果の怒った顔が目の裏にこびりついて、詩織の言葉が耳の中をかき回して仕方なかった。
うっざ。
真波、最近うちらと全然仲良くしてくれないよね。うちらのこと嫌いなら、もう一緒にいなきゃいいのに。
まるで最近になって、真波のほうが態度を変えたみたいな言い方だ。変わったのは二人のほうなのに。
高校一年生のときは楽しかった。心の底から笑う柚果や詩織とは違って、真波は素直に笑えていなかったかもしれない。それでも当時は話が合ったし、心では楽しいと思ってた。二人とも今のように派手ではなく、真波が一緒にいても不自然じゃないような清楚な見た目だった。吹奏楽部では同じパートとして、辛い練習を三人で乗り越えてきた。
二人が真波の前に壁を作ったきっかけは、間違いなく成績だ。真波は塾に通っていないが、学校の成績は上位をキープしていた。一方、柚果と詩織は塾に通っているのに成績はみるみる下がっていった。
高校二年生になって受験を意識しだしたころ、模試の数字が真波と二人の差を明確に表した。三人で行こうと言っていた大学は、毎回真波だけが合格圏内だった。次第に真波を優等生として遠ざけ、真波がいても二人だけで話すことが多くなった。吹奏楽も、コンクールの前に二人とも辞めてしまった。
柚果は人一倍プライドが高い。真波と同じ土俵から逃げることで、自分のプライドを守ったのだろう。大学生の彼氏ができてからは、柚果が今立っている土俵では自分に軍配が上がったと思ったのか、さらにわがままになった。
そんな柚果を真波に結びつけようとしてくれていたのが、詩織だったのに。詩織も完全に真波を退けたあの瞬間、細い糸のようなものでギリギリ繋がっていた友情関係は、ついに壊れたのだ。
間違ったことに合わせたり、無理をして自分を偽るくらいなら、友達でいることなんて馬鹿げてると思う。
高根の言葉だ。昨日、美術室で言われた。確かに、どうして真波は今日まで二人と一緒にいたのだろう。二人と親友じゃなくなったら、友達がいなくなるから? そうなれば、親が心配するから? そうじゃないとは否定できない。ただ、楽しかったあのころに戻りたい。その可能性が少しでもあるなら、我慢をしてでも一緒にいたかった。
鼻の奥が擦れたように痛い。酷く泣いたあとのようだが、涙は出ない。泣いたって、現実は何も変わらないから。父が死んだときから、真波は一度も泣いていない。こんなことで泣くわけにはいかない。
目を瞑る。眠れない。眠ろうとすればするほど、同じことを考えてしまってらちがあかない。こんなときに、嫌なことを忘れさせてくれる頭痛は頼りにならない。
結局、ファンタスティック・ワールドをプレイすることにした。寝る前にスマホの光を目に浴びるとよく眠れないと聞くが、仕方ない。
結構やり込んで、三つ目の鍵を手に入れたところだった。【速報】とついたニュースの通知が画面の上に表示された。
『甲子園スターを襲った火事。第三者による犯行が濃厚か。寺口琉大さんの弟・洸大さんが死亡』
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