雨と嘘

宇城和孝

雨と嘘

 僕はすっかりだまされ、とても幸せな気分になった。



 付き合い始めて間もない彼女が、初めて家に遊びにくる。

 生憎あいにくの雨──。

 天気予報が当たってしまい、明け方からにぶく降り続いている。

 空はどんよりとしていて、僕の気持ちとはまるで裏腹に、街は重苦しい空気をまとっていた。


 もうすぐ最寄駅に着くという彼女に、『傘持ってる?』とメッセージを送る。

 返答はNOノー

『わかった』と伝え、僕は傘を一本たずさえて駅に向かった。



 夜──。

 彼女が帰る時間になってもなお、雨は降り続いていた。

 相合傘あいあいがさで歩く道すがら、「雨男なんだよ」とおどけてみせるも、気分は晴れない。

 素直な気持ちで祈った空から、降り注ぐ雨。

 憮然ぶぜんたる思いも連れながら、駅の階段をくだっていく。


 ところが、だった。

 改札前で振り向いた彼女は、晴れやかに笑った。

 唐突にかばんに手を差し込み、そうして一本の折り畳み傘を取り出した。


 嘘でした、と彼女は言った。


 ああ、そうか。

 これから楽しい日々が始まるんだな、と僕は思った。



(了)

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雨と嘘 宇城和孝 @ushirokazutaka

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